2007/06/07

オバマの医療保険改革案 Part II : 義務付けはなぜ必要か

昨日に続いて、オバマの医療保険改革案を取り上げる。なぜ無保険者の解消には、個人への保険加入の義務付が必要なのか。今日は政策論の視点から整理したい。

大きく分けると、理由は二つである(Nichols, Len M., "Where's Obama's Mandate?", American Prospect, June 4, 2007)。

第一に、義務付にしてこそ、公平で効率的な市場が実現する。理由は「逆選択」の存在である。保険というのは、様々な加入者のリスクをプールして、それに見合った保険料を決める仕組みである。従って、リスクの低い加入者にすれば、保険料は高いと感じがちになり、自分は医療サービスを必要としないだろうという判断から、保険に加入しなくなる。そうなると、残されたプールのリスクが上がり、保険料も引き上げられる。「逆選択」による悪循環だ。

「逆選択」は、保険会社による高リスク加入者回避の動きにもつながる。放っておけば、高リスクの加入者の比率が高くなり過ぎて、保険の運営が難しくなるからだ。

「義務付」が行われれば、低リスク者も、保険に加入せざるを得ない。そうなれば「逆選択」に伴う不公平が解消される。低リスク者とはいえ、医療サービスを受けないわけではない。無保険者の医療費は高くなりがちだし、病院が彼らに備えるだけで費用が発生する。現在の仕組みでは、その一部は他の保険加入者に付け回されている。つまりは、フリー・ライダーの問題ある。

また、「逆選択」に伴う無駄も減らせる。保険会社は、出来るだけ低リスク者の比率を高めるために、多額の宣伝費等を使っている。この部分がなくなれば、保険料も引き下げられるようになり、保険に加入しやすくなる。

第二の理由は、「逆選択」があるために、「義務付」なしでは、無保険者は解消できないということだ。いくら補助金を積んでもフリー・ライダーは発生する。既存の研究によれば、金銭面で保険を買いやすくするだけでは、無保険者の3分の1が保険に入るだけだとみられている。子供だけに義務付けた場合には、その割合は半分に上がる。オバマのアドバイザーは、加入の方法を簡略化したりすれば、3分の2まで無保険者を減らせるというが、これは楽観的な見通しであり、それでも1500万人の無保険者が残る(Cohn, Jonathan, "Wading Pool", New Republic, May 31, 2007)。

オバマはなぜ「義務付」を避けたのか。中間層の反発を恐れたという説もあるが、少なくとも表向きの理由は、「実現できない義務は課したくない」というものだったようである(Cohn, ibid)。つまりは、保険に入れといわれても、経済的に難しい場合もあるだろうという判断である。

New America FoundationのLen Nicholsに言わせれば、これは「義務付」への反論としては、真っ当な部類に入る。だからこそ、「義務付」を提案する場合には、しっかりとした補助金の枠組みを整備する必要がある。言い換えれば、この問題は、政策的な対応が可能だということになる。そこが、オバマに対する「物足りなさ」感につながっている。

ちなみに、悪い反論とは何か。Nicholsは、個人ではなく、企業に責任を負わせようとする考え方だという。企業にとって医療費負担は、国際競争上の重荷になっている。個人にとっても、保険を勤務先に依存していると、転職や失業の時に大変だ。企業をベースにした保険を主軸に据えるのは、グローバル時代の改革とは言い難い。

皆保険に向けたもう一つの進め方は、国が一つのプールを作ること(シングル・ペイヤー)である。オバマを批判する中には、「シングル・ペイヤーでなければ改革とはいえない」といわんばかりの人もいるようだが、「大きな政府」への嫌悪感が強い米国では、そこまで進むのは、政治的には難しいだろう。

いずれにしても、医療保険の議論は、一歩踏み込んだだけで、一気に複雑になることが、お分かりいただけたのではないだろうか。

つくづく医療保険は、重要だけれど、選挙ではあまり突っ込んだ議論には進みにくい分野である。

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