2007/06/13

I Like Vetoes ! : ロムニーの財政政策

ロムニーが新しいテレビ広告を開始した。

そのタイトルが凄い。

「私は拒否権が好きだ!」

要すれば、歳出削減に真摯に取り組み、議会との対決も辞さないという意思表示である。ロムニーは、国防費以外の裁量的経費について、その伸び率をインフレ率マイナス1%に抑えるという。ロムニー陣営の計算によれば、10年間で3000億ドルの歳出削減である。そして、議会がこれを上回る予算を可決してきたら、迷わず拒否権を発動する。何せロムニーは、マサチューセッツ州知事時代には、800回以上も拒否権を使っている。

そう。拒否権が好きなのだ。

一見して分かる通り、こうしたアピールは、小さな政府を欲する保守派を向いた動きである。しかし同時に、ブッシュ大統領から距離を置こうとする試みであることも見逃せない。ブッシュ大統領が、歳出法案に一度も拒否権を使わずに、「大きな政府」の出現を許したのは、保守派にとって許しがたい行為だった。「拒否権が好き!」という宣言は、分かる人にとっては、かなりあからさまなブッシュ批判なのである。

共和党の大統領候補にとって、ブッシュ大統領との距離感は頭の痛い問題である。ワシントンの経験がないロムニーは、アウトサイダーとして、ブッシュに距離を置きやすいのかもしれない。

それはそれとして、財政政策としては、この「拒否権が好き!」宣言をどう考えたら良いだろうか。気付きの点を2つ指摘したい。

第一に、そんなに沢山の拒否権は発動できない。そもそも予算に関する法案が800もあるだろうか?

トリックは項目別拒否権にある。大統領が歳出法案を拒否するには、法案全てに対して拒否権を使うしかない。しかし、マサチューセッツを含むほとんどの州政府では、知事は法案の気に入らない部分だけに拒否権を使える。コマーシャルで使われている元の演説の中ではロムニーも認めているが、思う存分拒否権を使うには、先ずは項目別拒否権を議会からもらわなければならない。

項目別拒否権は合理的なツールに見える。しかし、その導入は、財政運営における議会とのパワーバランスを、大統領に極めて有利な方向に動かす。実際に、州政府の経験では、項目別拒否権は知事が持説に沿った予算を実現するために使うケースが多い。個別の項目を人質に取れるようになれば、大統領のバーゲニング・パワーは俄然強くなるからだ。

第二に、裁量的経費は財政問題の本丸ではない。米国の財政問題のキモは、義務的経費に関する長期的な問題、それも医療保険に尽きる。

ロムニーは、裁量的経費を総額で切り込むだけでなく、個別のプログラムを一つずつ点検して、無駄を削っていくという。ビジネスで成功を納めたロムニーとしては、CEO的な手法は一つの売りである。

しかし、裁量的経費の抑制は、それ自体が健全財政をもたらす特効薬ではない。むしろ、医療保険改革などで国民に痛みを甘受してもらわなければならない時のために、無駄は極力削っているという姿勢を示すという意味合いが強い。

米国では、健全財政を働きかけている団体のConcord Coalitionが、ブルッキングス研究所とヘリテージ財団という、リベラル・保守の二大シンクタンクと組んで、候補者に財政政策に対する態度を明確にするよう求める公開質問状を発表している(Yepsen, David, "Question candidates about nation's fiscal future", Politico, June 7, 2007)。そこでたずねられているのは、①厳しい財政ルールを支持するか、②具体的にどのような歳出削減を支持するか。それがどの程度問題解決に資するのか、③具体的にどのような増税を支持するか。それが度程度問題解決に資するか、④年金をどうするか、⑤医療保険をどうするか、という5つの問いである。「拒否権が好き!」では合格点はおぼつかない。

ロムニーといえば、マサチューセッツ。マサチューセッツといえば、医療保険改革である。ここでの提案にこそ、ロムニーの経済政策の真価が問われる筈である。

さて、本論とはだいぶん離れてしまうが、この機会を逃すと触れられない気がするので、ちょっとテレビ・コマーシャルの話を。この時期からテレビ・コマーシャルに打って出るのは、普通と比べると随分早い(Luo, Michael, "Romney Steps Up Advertising Push", New York Times, June 13, 2007)。しかし、ビッグ3に食い込めない候補にとっては、テレビは数少ない頼みの綱である。とくに、リチャードソンの「就職面接」シリーズは笑える。

リチャードソン、やはりいい人そうだけど、これで本当にいいのか?

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