2007/04/03

Times They Are A-Changin'

ここ数日の米国では、通商に関する大きな出来事が相次いだ。

3月27日に下院民主党のランゲル議員は、議会がブッシュ政権の推進するFTAを承認する際の条件を提示した。30日にはブッシュ政権が、「非市場経済国」は対象にしないという長年の方針を転換して、中国の紙製品に相殺関税の発動を提案した。かと思えば、4月2日には難航が伝えられていた韓国とのFTAが急転直下合意にこぎ着けた。

米国の通商政策は何処を向いているのか。敢えて答えるとすれば、「揺れている」になるだろう。

米国はグローバリゼーションに組み込まれており、これに背は向けられない。しかし、自由貿易への懐疑的な見方は高まっている。保護主義の暴発をどのようにして避けるのか。その試行錯誤が、米国の通商政策の現在である。

そこで注目されるのが、ヒラリーの通商政策だ。クリントンは民主党にしては、自由貿易の重要性を理解していた。しかしヒラリーは、次第にクリントン流(ルービン流ともいうが)の立場から距離を置こうとしているといわれる。

ヒラリーが通商交渉上のレバレッジの問題を引きながら、対外債務の積み上がりに警鐘を鳴らしたのは、既に記した通りだ。但し、このロジック自体は、クリントン大統領とも共通点があった。

それよりもクリントン流からの離脱という点で特筆されるのは、NAFTAへの態度である。NAFTAは、クリントン政権の通商政策の大きな勲章だ。しかしヒラリーは、今年2月に発売されたTime誌とのインタビューで、北米の市場を改善するという点では良いアイディアだったとしながらも、「含まれた内容や、先代のブッシュ政権による交渉のされ方、実施に関する強力なメカニズムの欠如、例えばメキシコの国境沿いの公害や…」と問題点を列挙し、「もっと厳しい態度で交渉に臨むべきだというのが教訓だ」と述べている(Tumulty, Karen, "Hillary: "I Have to Earn Every Vote", Time, February 1, 2007)。NAFTAはクリントン政権の業績ではないかという問いに対しては、前政権(先代ブッシュ)が結んだ協定を、議会で批准させただけだという回答である。

もっともヒラリーの「移動」は、暫く前から始まっている。2005年にヒラリーは、上院で「製造業コーカス」という議員集団を結成している。もう一人のリーダーは、シューマー・グラム法案で有名な、グラム上院議員だ。

意外かもしれないが、ヒラリーが上院議員として代表するニューヨーク州は、五大湖に隣接する北部を中心に製造業の存在感が大きい。自動車部品大手のデルファイ社の破綻は、上院議員ヒラリーにとって他人事ではなかった。

見逃せないのは、ヒラリーが「移動」しただけでなく、通商政策の軸そのものが動いている可能性がある点だ。最近の米国では、自由貿易の経済的な利点はともかく、負の側面への対策を講じなければ、政治的にもたないという議論が盛んだ。さらに、負の側面についても、これまで思われていたよりも、遥かにシビアだという見方も浮上している(この点には改めて触れたい)。

今のヒラリーは、新しい自由化交渉を進める前には、「小休止が必要かもしれないという立場だ。最近では、通商政策に関するミーティングに、クリントン系の人脈だけでなく、労働組合関係者(AFL-CIOのThea Lee)や、自由貿易に批判的な識者(かつてゲッパートのスタッフを務めたMichael Wessel)も招いていると伝えられる(Jensen, Kristin and Mark Drajem, "Clinton Breaks With Husband's Legacy on Nafta Pact, China Trade", Bloomberg, March 30, 2007)。

もちろん、ヒラリーの左旋回には、「予備選挙対策」という見方もあるだろう。しかし、当選した暁には、予備選挙で作った借りは返さなければならないのが大統領選挙の暗黙の掟だ。

'The Sopranos'だって最終シーズンに入った。時代は変わる。否応なしに。

1 件のコメント:

thunder さんのコメント...

ヒラリーの通商政策についてあまり知らなかったもので、興味深く読ませていただきました。Timeのインタビューでヒラリーの言ったpro-American tradeという概念はイラク政策よりもはるかに日本に対する影響が大きいかもしれませんね。中国を例に挙げていますが、保護主義なとっている国という中には当然日本も含まれているわけで。ヒラリーに対する影響力として「五大湖に隣接する北部を中心に製造業の存在感が大きい」のであれば、現在アメリカで着々とシェアを伸ばしているTOYOTAなどの日系自動車メーカーはヒラリーが大統領になった暁には税金などの形で圧力をかけられる公算が高いということでしょうか?(ヒラリーの言うtougher enforcement はどこまで踏み込むことを示唆しているんでしょう?)それともTOYOTAが工場を建てている南部の州出身の議員達が大統領を阻む形になるという構図ですかね。いずれにしろ一日本人として気になるところです。