確定申告:「見えない優遇税制」の政策価値?
多くの米国人にとって、今年はラッキーな年である。2日得をしたからだ。
確定申告の話である。
米国では基本的にすべての人が所得税の確定申告を行う。今年はその期限が4月17日だった。通常であれば4月15日だが、今年は15日が日曜日。さらに16日がワシントンDCの休日(The Emancipation Day:リンカーンがDCの奴隷解放に関する法律に署名した日を記念した休日)だったので、期限が2日延びたというわけだ。
米国人にとって確定申告は頭痛の種。フォームの記入や無数にある所得控除などの深い森を、独力で切り抜けていくのは不可能に近い。実際に、納税者の60%が、150~200ドルの手数料を払って、代行業者を使っているという(Kiviat, Barbara, "Tax Time: Still Not Do-It-Yourself", The Time, April 16, 2007)。
問題は単に「確定申告は面倒くさい」「膨大な時間が無駄に費やされている」といったレベルの話ではない。
政策の有効性にかかわる話である。
日本でもそうだが、米国には無数の優遇税制がある。それぞれの税制には、それぞれの目的がある。代表的な考え方は、納税者がある行動をとるように、税制上のインセンティブで誘導するというものであろう。
しかし、肝心の納税者がその優遇税制の存在を知らなかったらどうだろう。
自分で納税書類を埋めるのは、税の仕組みを知る近道である。自分も米国にいたときには代行業者を使っていたので、フォームを自分で埋める必要はなかったが、興味半分で実際のフォームを調べてみたことがある。その時初めて、悪名高きAMT(ミニマム代替税)の仕組みが理解できた。日本でもここ数年必要があって確定申告をしているが、それまでは「定率減税」の意味が分かっていなかったことに気づかされた。
代行業者を介してしまえば、納税者が優遇税制の真意を知る機会は少なくなる。そうなると、政策当事者の狙い通りに、納税者がインセンティブを感じているとは限らなくなってくる。
さらに話をややこしくするのが、納税支援ソフトウェアの存在だ。TurboTaxなどのソフトウェアは、納税者が自分で納税書類を作成する手助けになる。しかし、これが優遇税制の意味合いを納税者に理解させるかといえば、必ずしもそうとは限らない。むしろ、数字を入れればソフトが計算してくれるとなれば、優遇税制は一層みえにくくなってしまう可能性がある。
またしても私事で恐縮だが、日本で確定申告をした経験では、まず自分で計算して、さらに税務署の税務相談に出向いた上で書類を提出した時と、自宅のPCで税務署のHPを使って計算してもらった時では、前者の方が数倍「税の仕組み」がわかった気がしたものだ。
実は米国では、今年の納税シーズンには、面白い「事件」があった。今年版のTurboTaxに、ある優遇税制が組み込まれていなかったことが明らかになったのだ。AMTの計算上で州税の控除をどう使うかによって州所得税額が変わってくるという、説明するのも鬱陶しいような優遇税制である(Levin, Mark H., "American Jobs Creation Act of 2004 and State Income Taxes", The CPA Journal, March 2005)。問題の優遇税制を議会がぎりぎりになって延長したため、ソフトの準備作業が間に合わなかったのが理由だという(Day, Kathleen , "Missing TurboTax Tip Could Help AMT Filers", Washington Post, April 15, 2007)。いうなれば、ソフトを使わなければわからない優遇税制を、ソフトが見落としてしまったというわけである。
それでも米国人の税に対する知識は、日本に比べれば数段上ではあるだろう。読める方は、是非New York Timesのこのblog(Warner, Judith, "One April Day", New York Times, April 12, 2007)の読者投稿欄を覗いていただきたい。みなさん本当に熱が入っている。「それは税率ではなくて実効税率じゃない?」なんて、素人(失礼)の会話とは思えませんよね…
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