2007/04/18

バージニア工科大学と「大草原の小さな家」

痛ましい事件である。

銃社会の病理であるとか、NRAの影響力だとか、いろいろな議論はあるだろう。容疑者がアジア系留学生だというのも、その絵柄に居心地の悪さを加えている。

痛感するのは、米国という国の、その生い立ちからくる宿命的な危うさだ。「公権力」に頼らずに生きていく。そんな米国の成り立ち方と、米国人の銃へのこだわりには、独特のつながりがある。

なぜ銃の保持にこだわる人が多いのか。一つの理由は、それが自立のシンボルだからである。自分を守るというだけではない。食料を調達する道具としても、銃はシンボルとして位置付けられている。そこには、いわゆる「リバタリアン」とも相通ずる考え方がある。

「大草原の小さな家」という物語がある。あの世界こそが、銃の保有にこだわる人達の理想像だといったら、どう思われるだろうか。オクラホマ・シティの連邦ビル爆破事件の犯人を追った、American Terroristという本などにもにじみ出ているこうした心情は、外の国からはなんとも掴みきれない。

もちろん、「大草原の小さな家」にあったように、自立はそれを支えるコミュニティーと表裏一体である。また、一旦公権力を否定するところから、真に必要とされる国家の役割があぶり出される側面があるのも事実だろう。

今回の事件を正当化できる要素は全くない。しかし、米国で銃にまつわる事件が起きる度に、こうした「個人」と「国」の関係を考えさせられてしまう。

さて、やや情緒に流れてしまった嫌いがあるので、不謹慎を承知で、敢えてColdに政治的な注目点を。

3点指摘できる。

第一はブッシュ大統領の支持率。一般的には、国が悲劇に直面した時には、米国は大統領の下にまとまる傾向にある。9‐11然り、オクラホマ・シティの爆破事件然りである。

しかしブッシュの場合、状況はやや難しい。イラク等で統治能力が問われている上に、銃規制へのスタンスもある。何より、「国内でも安全が守れない」というストーリーは有り難くない局面だろう。

第二は、大統領候補のスタンスである。共和党でいえば、安全の問題の浮上は、ジュリアーニにプラスのように思える。一方で、共和党のトップランナーは、いずれも社会政策で中道寄りな傾向があるために、保守派にすり寄っていたところでもある。

民主党の候補の場合も、一見すると銃規制の観点で攻勢に出られそうだが、南部や西部の保守的な無党派層を視野に入れている候補は、意外に立ち回りが難しい。

第三は、現在まさに論点になっていた、移民法に関する議論への波及である。ブッシュ政権は、共和党の保守派を睨み、移民にやや厳しい方向にスタンスを移そうとしていた。今回の事件は、どのような文脈でこうした議論に関わって来るだろうか。

銃もそうだが、移民・人種の問題も、その根は深い。イラクの泥沼化が続く中で、また一つ米国民が不安感を覚える要素が増えてしまったような気がする。

犠牲者の方々のご冥福と、地域の痛みが癒えることを祈りたい。

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