ハミルトン・プロジェクトとEPI:民主党の経済政策に問われる「優先順位」
誰が勝つにせよ、ブッシュ政権との決別という意味で、08年の大統領選挙が米国の政策的な転換点になるのは間違いない。同時に、この選挙を契機に分岐点を迎えようとしているのが、民主党の経済政策である。ヒラリーの通商政策に関する「揺らぎ」に象徴されるように、クリントン政権の路線を継承すべきか否かという論争があるからだ。
両陣営共に、理論武装は進めている。クリントン系が拠点とするのは、ブルッキングス研究所に所属するハミルトン・プロジェクト。ルービン元財務長官が後ろ盾となったこのプロジェクトには、サマーズ元財務長官やアルトマン元財務次官など、クリントン政権の中枢が関わっている。
他方で、反クリントン派の拠点になっているのが経済政策研究所(Economic Policy Institute)。労働組合に近いこのシンクタンクには、Agenda for Shared Prosperityというプロジェクトがある。米議会の公聴会や、ワシントンのシンクタンクで開催されるシンポジウムでは、双方の研究者が火花を散らすことも少なくない。
両者の違いはどこにあるのか。詰まるところ、それは優先順位の違いだ。
一義的には、クリントン派は市場メカニズムやグローバリゼーションのメリットを重視し、反クリントン派は、「負の側面」の重さを強調するという違いがある。但しクリントン派も、「負の側面」を軽視している訳ではない。むしろ、市場原理やグローバリゼーションへの政治的な支持を維持するには、「負の側面」への対策が不可欠だというのが、クリントン派の問題意識である。だからこそハミルトン・プロジェクトでは、失業保険の拡充や教育改革などの提言を行なっている。
では何が違うのか。クリントン派が否定するのは、「負の側面」を理由に、市場原理やグローバリゼーションから、一時的にせよ背を向けることである。あくまでも均衡財政が目標であり、自由貿易協定は推進されるべきなのだ。
そして、この「一時的な離脱」こそが、反クリントン派の求める方向性である。
実は失業保険や教育の問題等では、両陣営の間にそれほど大きな見解の違いはない。また、反クリントン派にしても、市場原理やグローバリゼーションの経済的な利益は否定しない。但し反クリントン派は、今は一次的にこれらに背を向けて、「負の側面」への対策を講ずるべきだと主張する。
なぜならば、「負の側面」への対応は、これまで常に後回しにされてきたという認識があるからだ。財政でいえば、ブッシュ政権の金持ち優遇減税で膨らんだ赤字を、民主党が後始末するのはおかしい。むしろ、医療保険の拡充などに積極的に動くべきだ。通商については、全ての通商交渉を一旦停止して、既存の協定を見直す必要がある。
ポイントは両陣営の「対立」が、大統領選挙(予備選挙)の文脈で、どのように語られるかである。「犬猿の仲」のように見える両陣営も、実際の関係はもっと微妙だ。少なくとも「負の側面」に関する対策については、両者が合意できる余地は十分にある。
一方で、選挙の舞台では、白黒をハッキリさせる議論が好まれる。また、両者に合意できる部分があるといっても、それが選挙戦略として有効かどうかは別問題だ。そもそも市場経済やグローバリゼーションのメリットにはニュアンスがあり、選挙で売り込むのはなかなか難しい。
民主党の経済政策が、「負の側面」への目配りを強めていくのは間違いない。但し、バランスの崩れた対応や、到底かなえられない約束に傾いてしまうと、必ずバック・ラッシュがある。このことは、イラク戦争の例を引くまでもないだろう。思えば、共和党はイラク戦争で「国防」という強みを失った。民主党は「経済政策」という強みを維持できるのか。
たかが優先順位、されど優先順位である。
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