2007/03/06

smart, pro-American trade ... by ヒラリー

民主党の保護主義化が言われる中で、ヒラリーの対外経済政策は注目の的である。そのヒラリーが、先日の株価急落に反応して、2月28日の上院本会議で演説を行なった。米国の対外債務の積み上がりに警鐘を鳴らす内容は、基本的にはブッシュ政権批判だが、あまり安心して聞いていられる演説でもない。

ヒラリーの論点は、諸外国による巨額の米国債保有にある。

「昨日の株安は、海外市場での株価下落が引き金だったが、もし中国や日本が積み上がったドル資産を減らそうと決めたらどうなるだろう。通貨危機が起こり、米国は利上げを余儀なくされ、リセッションの舞台が提供されるかもしれない。われわれの債務を持つ国の軽率な決断が、昨日よりも深刻な帰結につながりかねないのだ」

ヒラリーは、巨額の債務を諸外国に持たれたがゆえに、その動向に翻弄されてしまう米国の状況を「経済主権の喪失」と捉え、ブッシュ政権に対応を迫ろうとする。

「これまで6年間の経済政策を通じて、米国の経済主権は損なわれ、他国の決定に左右されるようになった。私はブッシュ政権に財政・対外赤字への対処を義務付けるような立法措置を支持する」

「私は赤字が一定の水準を超えた場合に警鐘を鳴らす法案を支持してきた。政権に対応策を検討させ、議会に結果を報告させるのだ。われわれの経済を立て直すには、こうした対策を議論する必要がある。われわれは、余りにも簡単に、ワシントンやニューヨークのマーケットではなく、北京や上海、東京が決める経済政策の人質になってしまいがちだ」

ヒラリーの発言は、あくまでも政権批判であり、(少なくともこの演説では)中国や日本に文句をつけている訳ではない。引用されている法案(前議会に提案されたForeign Debt Ceiling Act of 2005:S.355)も、対外債務がGDP対比で25%、貿易赤字が同じく5%を超えた場合に、行政府に対策を考えさせる程度だ。

しかし、ヒラリーは通商政策に引き寄せた議論もしている。

「米国が財政赤字を積み上げている一方で、諸外国はその借金を買い上げ、われわれの銀行になってしまった。テーブルの向こうにいるのが、単なる競争相手ではなく、銀行でもあるとしたら、一体どうやって、公正でpro americanな通商合意を交渉し、守らせるのだろう」

ニヤッとした人もいるかもしれない。そう、このロジックは、2004年の民主党大会でのクリントン前大統領のスピーチにそっくりだ。

ヒラリー:How can we negotiate fair, pro-American trade agreements--and ensure foreign countries uphold these agreements--when we sit across the negotiating table, not only from our competitor, but from our banker as well.

クリントン:So then they have to go borrow money. Most of it they borrow from the Chinese and the Japanese government. Sure, these countries are competing with us for good jobs, but how can we enforce our trade laws against our bankers? I mean, come on.

しかし、どうみてもクリントンの方が上手い。I mean, come onだもの。

...それは置いといて。

さて、ヒラリーの通商政策のキーワードは、smart, pro-american tradeらしい。この言葉が曲者だ。

「私はスマートでpro americanな貿易を信じている。グローバリゼーションは、私達の生活水準を引き上げ、経済成長を生み出す。しかし、これまでの議論は単純すぎた。われわれは、経済的な国益を守りながら貿易を促進できる。国際経済におけるポジションを維持しながら、経済主権も守り通せる。貿易はゼロサムゲームではない。運命論(グローバリゼーションには抗えない、という意味だろうか)と保護主義の選択を迫られているのではない。成果が上がる政策と、上がらない政策の選択なのだ」

このsmart, pro-american tradeという言葉は、ヒラリー流のtriangulationだろう。具体的に何を意味するかについては、ヒラリーは少しずつヒントは出してはいるが、細かい所までは語られていない。

たしかに民主党内では保護主義的な機運が高まっている。クリントン=ルービンの自由貿易路線には、風当たりも強いといわれる。しかし、単なる保護主義的な政策は副作用が大きい。そのくらいのことは、ヒラリーはわかっている筈だ。党内の保護主義的な雰囲気と、リーズナブルな政策の橋渡しは、ヒラリーにとって思案のしどころである。すでにヒラリーは別のところで気になる発言をしているのだが、それは機会をあらためて。

Wall Street Journalは、ヒラリーの発言について、「グローバリゼーションや自由貿易への不安感が、いかに2008年の大統領選挙で大きな争点になるかを示唆している」と報じている(Solomon, Deborah, and John Harwood, "Clinton Brings Debt Worries to the Fore", Wall Street Journal, March 5, 2007)。イラク戦争の影に隠れ、グローバリゼーションを巡る論戦はそれほど本格化していない。しかし、イラクがなかったら、今頃中国が論戦の中心になっていたかもしれない。

実は、ヒラリーがこの演説を行っていたときに、たまたま上院の議長代行を務めていたのが、誰あろうオバマだった。この2人がグローバリゼーションを巡って論戦を戦わせる時がやってくるのだろうか。

何かを暗示しているような、不思議な成り行きだった。

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