2007/03/12

小さなことからコツコツと

混乱していたのは自分だけではないらしい。イラク増派に関する民主党の対案だ。

Washington Times紙によれば、民主党内の賛成派も反対派も、対案の内容説明には戸惑ったらしい。実際は2008年8月の撤退期限を、1980年と言い間違えてみたり、2007年といってみたり。ブッシュ大統領と一緒に中南米を歴訪している政権スタッフに、「民主党のポジションがどんどん変わるので、毎時間ワシントンに問い合わせなければならない」と揶揄される始末だ(Bellantoni, Christina, "Party Baffled by Its Own War Plan?", Washington Times, March 9, 2007) 。

もっとも、対案の内容が最後まで流動的だったのは、少しでも可決の可能性を高めようとした、民主党指導部の努力の裏返しである。繰り返し取り上げているように、民主党の対案は、コンディションとマイルストーンの二本立て。このうちコンディションは、条件付きながら補正予算を認める余地を残して、党内の慎重派を納得させようとした。マイルストーンでは、撤退期日を明示して、党内の反戦派を引き込もうとした(Weisman, Jonathan, "Securing Iraq Votes, One at a Time", Washington Post, March 11, 2007)。それでも不満の強い反戦派を懐柔するために、最終の撤退期限は、当初の案から4ヶ月前倒されている(Rogers, David, "Pelosi Unveils Iraq Spending Bill, Seeks to Span Democratic Divide", Wall Street Journal, March 9, 2007)。

対案の発表に至るまでの党内調整や、その後の支持固めは、かなり切ないプロセスであるらしい。支持の取りまとめにあたるオビー下院歳入委員会委員長などは、反戦派の活動家を厳しく叱責する場面を報道されてしまった(Layton, Lyndsey and Michael D. Shear, "A Reality Show That Obey Would Rather Forget", Washington Post, March 10, 2007)。

"You can't end the war if you're going against the supplemental. It's time these idiot liberals understood that!"

"That bill ends the war! If that isn't good enough for you, you're smoking something illegal. You've got your facts screwed up. We can't get the votes! Do you see a magic wand in my pocket? We don't have the votes for it. We do have the votes if you guys quit screwing it up."

あわわわわ。

それでも民主党は、一票ずつ賛成票を積み上げて行くつもりのようだ。指導部は、懐疑的な議員の意向を一人ひとり聴取して、イラク撤退後の再派兵を阻止する条項や、イランへの侵攻を制限する条項を書き加えた。それぞれが一票である(Weisman, Ibid)。また、対案が盛り込まれる補正予算には、軍隊の装備を充実させるための費用が上積みされ、農村対策やハリケーンカトリーナの復興費用、さらには、最低賃金の引き上げまでもが、組み込まれた(Rogers, Ibid)。

民主党の厳しさは、簡単な計算をするだけで一目瞭然だ。下院民主党の議席数は233。過半数は218だ。共和党が一致団結して反対すると考えれば、離反者は15人までしか許されない。確実に計算できるのは180人。200人までは支持を伸ばしたとはいうが、残りの約20票を何処から調達するか(Weisman, ibid)。

仮に下院を通過出来たとしても、上院がある。そもそも下院と上院では、対案の内容が全く違う。計算も厳しい。上院民主党の議席数は独立系を含めて51。長期病欠(ジョンソン)と、明白な増派支持者(リーバーマン)を差し引くと、49がスタートである。ちなみに、上院で法案を採択にかけるには、60票が必要だ。

さらに、奇跡的に上下両院で同じ内容の対案が可決されたとしても、大統領には拒否権がある。拒否権を覆すには、上下両院で3分の2の賛成が必要。

もう計算は不要だろう。

ただし、いつまでも風向きが変わらないとは限らない。たしかに現時点では、民主党にとっては、議論と投票を繰り返して、共和党議員に圧力をかけ続ける以外に方策はない。しかし、動かすべき具体案が明確になったことで、民主党指導部もモメンタムを取り戻せるかもしれない。政権・議会共和党が対立姿勢を強めれば、反動で民主党側にも内部分裂を諌める力学が働き得る。

そして、いずれは世論の注目は民主党の対案から増派の進み具合に移るだろう。

既にブッシュ政権は、当初の提案を上回る増派の必要性を認めざるを得なくなっている。2万1,500人という当初の提案に、イラク向け4,700人、アフガン向け3,500人を追加するという内容だ。今年8月までにはある程度の結果が見え始め、兵力も減らし始められるといわれてきたが(Baker, Peter, "Additional Troop Increase Approved", Washington Post, March 11, 2007)、ここにきて、来年2月までは高いレベルの兵力が必要だという現場の声も聞こえ始めた(Cloud, David S., and Michael R. Gordon, "Buildup in Iraq Needed Into ’08, U.S. General Says", New York Times, March 8, 2007)。ペトレアス司令官も、時期は明言しないものの、今夏を超えた増派延長を否定していない(Oppel Jr., Richard A., and Alissa J. Rubin, "New U.S. Commander in Iraq Won’t Rule Out Need for Added Troops", New York Times, March 9, 2007)。

そうであるならば、政権はかなり早い段階で決断を迫られる。軍隊の派遣は一朝一夕では手配できない。ローテーションの調整が必要だ。このまま自然体で行けば、8月には駐イラク米軍の兵力は減少し始め、12月までには増派前の水準に戻る。それを避けるには、一度帰還した兵士を再び派兵するまでのインターバルを、現在の1ヶ月より短くしなければならない。その決断は、増派の成果がみえるまで待つわけには行かないかもしれない。

つくづく、戦場の現実に比べれば、ワシントンでの口論など小さなものである。

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