2007/03/13

チェイニーの黄昏

チェイニー副大統領の影響力低下が盛んに議論されている。北朝鮮との合意、イラク問題でのイラン・シリアとの直接対話など、チェイニーが主導してきた強硬路線からは考え難い展開が続いたからだ。

大統領の信頼を失ったとか、そんな次元の問題ではない。鍵は意思決定プロセスへの影響力にある。そもそもブッシュ大統領は、最終的な意思決定の段階では、必ずしもチェイニーの意見を聞かなかった(Hoagland, Jim, "What Has Happened to Dick Cheney?", Washington Post, March 8, 2007)。しかし、どのような情報とアドバイスが大統領に上がるのか。そこを押さえていたのがチェイニーだった。チェイニーは時に諜報分野の一次情報にまで目を通し、ホワイトハウスの情報の流れを把握していたという。大統領は自分で決定を下しているつもりでも、既にラインは引かれていたのである。

しかし、チェイニーのプロセスへの影響力にも、陰りが見える。外交ではライス国務長官、内政ではボルテン補佐官の存在が大きくなっている(Duffy, Michael, "Cheney's Fall From Grace", Time, March 8, 2007)。諜報の分野では、かつてCIA長官も務めたゲーツ国防長官が、ラムスフェルド前長官時代に悪化した、国防総省と諜報コミュニティーの関係改善に動いている(Shanker, Thom and Mark Mazzetti, "New Defense Chief Eases Relations Rumsfeld Bruised", New York Times, March 12, 2007)。

顕著なのは、外交分野の動きだ。ライス長官は、今年1月の時点で、大統領に最後の2年は北朝鮮、イラン、中東和平の外交的解決に重点を置くべきだと進言していたようだ(Hoagland, ibid)。特に北朝鮮問題では、ベルリンから大統領に直接電話を入れ、方針転換への合意を取り付けた(Cooper, Helene, "In U.S. Overtures to Foes, Signs of New Pragmatism", New York Times, March 1, 2007)。まさに、チェイニーが掌握していたプロセスへの介入である。一方イランについては、1年ほど前に大統領を、「核開発を中止すれば対話に応じる」という方針に転じさせていたのが大きい。イランは核開発を中断しなかったが、その後の布石になった(Heilemann, John, "Condi on Top", New Yorker, March 5, 2007)。

なぜパワーバランスが変わったのか。

単純な見方は、チェイニーの権威の低下である。先頃有罪判決が下ったリビー補佐官の裁判が、副大統領の威信を傷付けたのは確かである。Time誌は、今や副大統領は民主党にとって「最大の政治的資産」であり、その状況を変えるのは不可能に近いとまで評している(Duffy, ibid)。

同時に、「現実路線」の必要性が、政権内に徐々に浸透していったらしいことも見逃せない。ブッシュ政権では、「原則重視」が鉄則であり、路線変更はタブーだった。しかし、国内における中間選挙での敗北、海外でのイラク戦争の泥沼化によって、政権が打開策を求められる環境が内外で発生した。加えて、政権が終盤に差し掛かり、レガシーが気になり始めたのも現実直視への転換を後押しした。何か劇的な事件をきっかけにしているというよりは、時間をかけた変化のプロセスがあったようだ(Cooper, ibid)。

もっとも、現実路線への転向がどこまで本物なのかという点については、半信半疑な見方もある。実際にブッシュ大統領は、イラク戦争では「現実派」の象徴であるイラク研究グループの提言をそのまま受け入れるのではなく、増派の道を選んだ。

ただし、ライス長官は強硬な立場を戦略的に利用してきたとも言われる。北朝鮮やイランでは、交渉に応ずる直前までは、ライス長官も強硬路線に同調していた。その背景には、2つの計算があったといわれる。第一に、国内向けには、「ライス長官は弱腰だ」という批判への防波堤になる。第二に、相手国には、「米国の政策が変わったのか」という関心を抱かせられる。強硬姿勢を変化させる可能性を、交渉現場でのレバレッジに使えるというわけだ。またライス長官は、大統領を意に沿わない路線変更に追い込まないように気をつかうことも忘れていないといわれる(Cooper, ibid)。

むしろ見逃せないのは、現実路線に転じたからといって、政権が目に見える成果を得られるとは限らないという事実である(Heilemann, ibid)。事態の進展が芳しくなければ、副大統領の逆襲が始まるという見方もある(Cooper, ibid)。

いずれにしても、米国の外交政策の方向性は、政権内のパワー・ポリティクスに左右される側面が強いようだ。

多くの場合、ブッシュ政権の政策変更は、クリントン政権が最後にたどり着いた場所に回帰しているようにみえる。思えば、ブッシュ政権の外交政策は、「クリントンでなければ何でも良い(Anything But Clinton)」で始まった。

政権の残り任期もあと2年弱。果たして、2年後にも同じ「断絶」が繰り返されるのだろうか。

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