エコノミー症候群は大丈夫?
今更なのか、今だからなのか。
ブッシュ大統領は中南米5ヵ国の歴訪を終えた。今回の歴訪も一連の「方針転換」の一つとして捉えられている。
訪問の狙いは、「米国=ブッシュ政権への幻滅」に応えることだ。ブッシュ大統領は、メキシコと国境を接するテキサス州の知事を務めていた経緯があり、「スペイン語が分かる大統領」として、中南米諸国との関係強化を謳っていた。しかし9-11後の米国には、中南米に関与する余地は小さかった(Lapper, Richard, "Why Bush’s Latin overtures may fall on deaf ears", Financial Times, March 7, 2007)。結果的に中南米諸国は、冷戦時代のように、米国の「当然の支配下」として軽視されるようになってしまった(Rohter, Larry, "Bush to Set Out Shift in Agenda on Latin Trip", New York Times, March 6, 2007)。
こうしたなかで中南米地域では、米国の存在感の低下が伝えられるようになった。二つの要素がある。第一は、ふんだんなオイルマネーを背景にした、ベネズエラのチャべス大統領の台頭。第二に、新たな市場として力をつけてきたアジア諸国、なかでも中国の存在だ(Smith, Geri, "What Can Bush Bring Latin America?", Business Week, March 7, 2007)。
今回の訪問が「転換」として位置付けられているのには、2つの理由がある。第一は、同地域への米国のコミットメントを改めて印象づけようとしたこと。3月8日からスタートした一週間に亘る歴訪は、ブッシュ大統領としては最長である。
第二は、中南米政策のメニューに、貧困対策を挙げたこと。これまでのブッシュ政権の中南米政策は、FTAを中心とした自由貿易の推進と麻薬対策、そして国境管理が全て。貧困は国際貿易が盛んになれば自然に解決されるというのが、政権の立場だった。しかし実際には、グローバリゼーションには負の側面があり、その恩恵が広く行き渡るには時間が必要である。
ブッシュ政権らしいのは、そのギャップを懸念する理由が、中南米諸国の民主主義に悪影響を与えるという点にあることだ。「市場経済やグローバリゼーションの果実が広く行き渡らなければ、(チャべスの台頭に明らかなように)貧困がポピュリズムに利用され、民主主義が損なわれる」という訳だ(McCkinnon, John D., "Bush Courts Latin America's Poor", Wall Street Journal, March 12, 2007)。
こうした方針転換は、一連の「現実主義」への傾斜の一貫に数えられる。しかし、タイミングは遅すぎたかもしれない。既にブッシュ政権や米国の力は損なわれてしまっている側面がある。
第一に、貧困対策といっても、米国は対外援助を増やせる環境にない。ブッシュ政権は財政赤字の削減を進めており、中南米地域への援助も減らされる方向にある。ブッシュ政権は、海軍の医療船を巡回させて、11ヵ国で医療サービスを提供するという。しかし、ベネズエラは地域の貧困者の医療対策にもっと熱心だ(Lapper, ibid)。
第二に、市場の力を発揮仕切れない。民主党議会の誕生によって、同地域とのFTAの推進も容易ではなくなった。貿易促進権限(TPA)の失効も秒読みだ。また、目玉の一つであるブラジルとのエタノール開発協力でも、肝心の米国市場を開けない。米国はエタノールに54%の高関税をかけている。関税の引き下げには、原料であるトウモロコシ農家の反発が強く、米国は議題にすら上げていない。
そうこうしているうちに、中南米諸国は別の市場に向い始めている。筆頭は中国を代表とするアジア市場。EUも中南米との関係強化に熱心だ。ブラジルにしても、国内のエタノール事情が逼迫しており、中南米諸国に生産技術を輸出できれば良いという判断もあるようだ(Andrews, Edmund L., and Larry Rohter, "U.S. and Brazil Seek to Promote Ethanol in West", New York Times, March 3, 2007)。
米外交の現実路線への傾斜は中南米に限らない。3月6日のNew York Times紙には、中南米政策の記事と並んで、ロシア政策の変化も取り上げられている(Shanker, Thom and Helene Cooper, "U.S. Moves to Soothe Growing Russian Resentment", New York Times, March 6, 2007)。
ロシアでは、ブッシュ政権が両国関係をおろそかにしてきたという不満がある。その現れが、2月10日のミュンヘンでのプーチン演説である。そこでブッシュ政権は、外交上の問題でロシアとの事前調整をしっ
かり行なうよう方針を転換したという。
しかし、こちらもタイミングは芳しくない。エネルギー価格の高騰で、ロシアは久し振りに自信を取り戻している。中南米と同じように、ロシアも市場としてはアジアを見ており、米国との関係改善には、さほど興味がないともいわれる。
David Brooksは、ブッシュ政権が自由な思考を取り戻せたのは、政権の力が衰えてきたからだという(Brooks, Dabid, "Yes, Those Were the Days", New York Times, March 7, 2007)。政権の統率は失われたが、会話と控えめさが戻ってきた。壮大な偉業に取り組むという意気込みや熱気が去った代わりに、政策を実行に移す前に現実的なプランニングが行われるようになった。ポールソン、ボルテン、ゲーツなど、政権内で実力者が存在感を増してきた。
もう少し前に、まだ力がある間に変わっていれば…というのは無理な相談なのかもしれない。
2 件のコメント:
確かに今回のブッシュの南米訪問はかなり遅きに失した感がありますね。チャベスが何百万ドルもラテン諸国に対する援助などに費やす一方で、アメリカの同地域に対する援助はほとんどがコロンビアの麻薬対策に回されてるようですし、次の予算案でも大幅な増加は見込めないでしょう。貿易を餌にしようにもチャベスは南米諸国での貿易圏構想を発表するなどアメリカ外しが着実に進んでいるように見えます。去年にはチャベスに「FTAAは死んだ」とまで言われちゃってましたし。
ありがとうございます。投稿をいただくのが初めてで、リアクションが遅れてしまいました。
おかしな言い方ですが、米国の難しいところは、それなりの民主主義国家だという点ではないでしょうか。援助もそうですが、エネルギー戦略にしても、「国がかり」でやることが難しい。民間のバイタリティーが米国の強みですが、少なくとも足元ではオイルマネーがこうした構図を崩しているように感じます。市場の力、そして、ドルの力が弱まると辛いですね。
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