Wickedを見る前に
アメリカの自然の「強さ」にはしばしば驚かされる。それにしても、カンサスを襲ったトルネードの猛威にはしばし言葉を失った。Washington Postが伝える写真をご覧いただければおわかりいただけるだろう。
ブッシュ大統領は9日には現地を視察し、素早い対応を約束した。そうしなければいけない理由は、容易に想像がつく。第一に、カトリーナの悪夢を呼び起こすわけにはいかない。大統領の支持率が本格的に不味くなったのは、ハリケーン・カトリーナの救済で失敗したのがきっかけである。第二に、「イラクに州兵を送っているから救済が遅れた」という批判を封じ込める必要がある。実際にカンザス州のシベリウス知事は、そういった趣旨の発言を行っていた(Abramowitz, Michael, "President Offers 'Prayers and Concerns' to Kansas Town", Washington Post, May 10, 2007)。
もっとも、落ち着いて考えてみれば、こうしたネガティブな要因に理由が見つかってしまうこと自体に、ブッシュの立場の弱さが反映されている。バージニア工科大学の銃撃事件の時にも触れたが、米国では、国民的な悲劇が起きた時にこそ、国をまとめるシンボルとしての大統領の存在が際立つのが常だったからだ。1986年のチャレンジャー号爆発事件におけるレーガン、1992年のハリケーン・アンドリューの時のブッシュ父、1995年のオクラホマシティー連邦ビル爆破事件のクリントン、そして、2001年の米国中枢同時多発テロにおけるブッシュは、いずれも国をまとめるシンボルとしての役割を演じた。
ところが今のブッシュの場合、銃撃事件にしても今回のトルネードにしても、支持率の上昇につながる気配はほとんど感じられない。銃撃事件では、ホワイト・ハウスが補正予算での民主党との対峙をプレイ・アップしたかったので、わざと扱いを小さくしたという解説もあるが(Simendinger, Alexix, "No Consolation Prize", National Journal, April 21, 2007)、いずれにしても、低位で安定した支持率は、そう簡単には動かないだろう。むしろ、Washington Postの15枚目の写真なんかをみると、「チェーンソーが好きなのはわかるけど...」と逆に心配にすらなってしまう。
2000年の選挙でブッシュ大統領は、「クリントンが損ねた大統領の威厳を取り戻す」と主張していたが、違う意味で「大統領」というシンボルの輝きが変わってしまったような気がする。
もちろん大きな要因は、同じ日に副大統領が飛んだ先にある(Partlow, Joshua, "Cheney Pushes Iraqis for Quick Action", Washington Post, May 10, 2007)。チェイニーの目的も想像するのは難しくない。補正予算を巡るやり取りの中で、議会の批判は「イラク政府の努力不足」に向かっている。妥結の鍵となっているベンチ・マークも、イラク政府の達成度合いが目安である。政権としても、イラク政府に厳しい態度を取っていると示す必要があるわけだ。
これに先立つ8日には、穏健派を中心とした11人の共和党下院議員がホワイトハウスを訪れ、ブッシュ政権に対して、増派の成果を待ち続けることの政治的な厳しさを伝えた。政権は否定するが、"marching up to Nixon(ウォーターゲート事件で共和党議員がニクソンに最後通牒を突きつけた事件)"を髣髴とさせる出来事である(Murray, Shailagh and Jonathan Weisman, "Bush Told War Is Harming The GOP", Washington Post, May 10, 2007)。 大統領・副大統領の旅行は、いずれもリスク・ヘッジ/ダメージ・コントロールが主眼というのは言いすぎだろうか。
ところで、不謹慎を承知で言えば、「カンザスでトルネード」ときくと「やはり」と思ってしまうのは、他でもない「オズの魔法使い」のせいである。ちょうど日本でも、これを翻案したミュージカルWickedが、劇団四季によって公演されるようだ。
このミュージカルは「オズの魔法使い」が分かっていないと、面白みは半減してしまう。ネタバレするわけにいかないが(といってもここを読めばわかるんですが)、Wickedの肝は、「オズ...」では圧倒的な悪役として描かれていた西の国の魔女を主人公にして、「実はその背景には...」という物語を語る点にある。米国では「オズ...」は一般常識だから問題ないが、果たして日本ではどうなのだろう(そういえば、映画でのオマージュでは、デビッド・リンチのWild at Heartもありましたね)。
イラク戦争についていえば、「悪役にみえたけど実は...」という比喩を使えるキャラクターは考えにくい。むしろ、「全能にみえていたけど実は...」という「魔法使い」の方に、どこかの政権が重なって見えてしまう。
ちなみに、Wickedではこの魔法使いには毒と悲しみが加わっている。そこも含めてどこかの政権に重なると感じるかどうかは、ご覧になってのお楽しみである。
ともあれ、まずは「オズの魔法使い」を復習してからどうぞ。
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