オバマ:デトロイトへのメッセージ
「オバマには政策がない」。そんな批判に答えるように、オバマ陣営は徐々に具体的な政策案を示し始めているようだ。
5月7日にオバマは、デトロイトでエネルギー問題に関する演説を行った(Hunter, Jennifer, “Even in Detroit, Obama isn't muffled”, Chicago Sun-Times, May 8, 2007)。主眼となったのは、自動車会社に対する燃費向上努力の要請である。
いい振りはなかなか厳しい。「海外の競争相手が燃費の良い車への世界的なニーズに応えている間に、ここデトロイトでは米産業界の3巨人が雇用と収益を失い続けている」「世界には二種類の自動車会社がある。燃費の良い車を大量に作っている会社と、将来的にこれを作る会社である。米国の会社は、『将来的に作る会社』に甘んじていることはできない」。
ビッグ3のお膝元に乗り込んで、燃費引き上げ努力を迫るのだから、たいしたものである。
具体的な政策には、オバマの「結びつける型」が垣間見えるのが面白い。オバマは連邦政府による燃費基準の引き上げを主張する。その一方で、退職者への医療保険負担が重いとの自動車会社の要請に答え、10年間にわたって連邦政府がその1割を補助するとした。ただし、その分の浮いた費用は、燃費改善に使うのが条件だ。
医療保険負担と燃費向上。一見すると関係ない案件を結び付けているわけである。
演説の方もレトリックは全開である。演説は第二次世界大戦の話から始まり、9-11で終わる。
でもブッシュとは違う(当たり前か)。
真珠湾攻撃後の米国は一気に戦時経済に転換しなければならなかった。国家の要請に応え、兵器の増産という難題を成し遂げたのが、ほかでもないデトロイトの自動車産業である。
今の米国も、エネルギー問題という新しい挑戦に直面している。石油への依存を減らすことは、安全保障、環境、そして経済の面で極めて重要な課題である。そして、この課題に答えられるのも、デトロイトだ。
9-11の後、米国人は大きな使命への呼びかけを待っていた。先人たちのように、われわれの多くが、国のために働き、国を守りたいと考えていた。戦場だけではなく、この本土でもだ。(エネルギー問題の解決こそが)われわれの世代が、大きな使命に応えるチャンスである。
それはそれとして(…)、具体的な政策はどう評価できるだろうか。
新味があるのは確かである(もっとも、既にオバマは、上院に燃費・医療費のスワップに関する法案を提案しているが、あまり広くは知られていなかった)。「フレッシュな候補者」であるオバマが、「フレッシュなアイディア」をもっているという絵柄は美しい。
一方で、攻めようと思えば攻められる箇所もある。3点指摘したい。
第一に、金額が見合わない。燃費向上のためにビッグ3が必要とされる経費は1140億ドルといわれる。これに対して、医療費補助で提供されるのは70億ドル。このほかに、自動車会社が燃費向上努力のための設備更新には優遇税制も提供されるが、これも総額では30億ドルだ(Hornbeck, Mark and Charlie Cain, “Obama: Go green now”, Detroit News, May 8, 2007)。
第二に、エネルギー問題は、自動車会社だけで解決できる問題ではない。自動車会社に言わせれば、SUVを作ったのは米国の消費者の声に応えただけだ。実際に日本メーカーもSUVやピックアップに展開し始めている。オバマはハイブリッド車・高燃費車の購入を支援する優遇税制も提案しているが、こうした提案の広がりは欠かせない。さらに進めば、ガソリン税・環境税といった議論も出てくるだろう。
第三に、医療費についても、自動車会社だけをケアすればよい問題ではない。程度の差はあるが、他の米企業も医療費負担の高さに苦しんでいる。同じような対応を鉄鋼会社が求めたらどうするのか。モラル・ハザードの典型である。
この最後のポイントには、オバマのちょっとしたジレンマが隠れているような気がする。自動車会社の医療費負担が高いのは、労働協約で高い水準の給付が約束されているのが一因である。自動車会社が自助努力で医療費の問題を処理するのであれば、労組の譲歩が不可欠になる。オバマの演説には、この部分への言及がみられない。巧みなロジックといえばそれまでだが、政策の視点からは踏み込み不足だ。
今回の演説は医療費が主眼ではないので、その部分でオバマの提案を評価するのはフェアではない。ただし、医療費の問題は、公的保険・民間保険にまたがったシステム的な解決策が必要な難題である。また、90年代のヒラリー・ケアの挫折以降も、政策コミュニティーでは様々な議論が続けられてきたエリアでもある。
難しい課題であればあるほど、得てして解決策は退屈なものだ。Out of the boxの新味のある政策が魅力的なのは事実だが、これまでの議論を活かした、「質実剛健」な提案も期待したいものである。
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