2007/05/01

Vetoを待ちながら

ワシントンでのイラク戦争に関する議論で驚かされるのは、事態の変化が極めて緩やかであることだ。本当に「長い戦争」になったものである。

状況が全く変わっていない訳ではない。2つの点が指摘できる。

第一に、民主党議会は、米軍の撤退期限を盛り込んだ補正予算を、上下両院で可決した。この法案が成立すれば、イラクに駐留する米軍は、イラク政府が一定の基準(ベンチ・マーク)を満たさなかった場合には今年7月、満たした場合でも10月には撤退を開始しなければならない。いずれの場合も、半年以内の撤退完了が目標である。

第二は、議論のトーンである。補正予算の審議過程で、民主党のケネディ上院議員は、「ベトナムの間違いを繰り返す訳にはいかない」と発言した。かつては禁句だったベトナム戦争への言及も、今や当然のように行われている(Hulse, Carl, "Democrats Seek Way to Respond to Bush Veto of Iraq War Bill", New York Times, April 26, 2007)。

しかし、基本的な構図は変わっていない。民主党議会は、大統領拒否権を覆すだけの票を集められていない。ブッシュ大統領は、今回の補正予算に拒否権を発動する方針。そこから改めて、補正予算の議論が始められる。

構図がなかなか変わらない大きな理由は、共和党議員が大統領を支持し続けている点にある。

実際に、最近のイラク戦争に関する議会の投票行動には、ほとんど変化が見られない。

下院でいえば、補正予算(H.R.1591)に対する1回目の投票(3月23日)が賛成218票-反対212票。2回目(Conference Report)への投票(4月25日)が賛成218票-反対208票だった。いずれの場合も共和党で賛成に回ったのは2議員だけ。強いて言えば、4月25日には一人の議員が「Present(賛否を示さない投票)」に動いたことくらい。ちなみに、民主党で反対に回った議員の数も、1回目が14人(反戦派7人、中道派7人)、2回目が13人(反戦派6人、中道派7人)。こちらもあまり変わらない。

上院も似たようなものだ。3月15日の増派反対決議(S.J.Res.9)は、賛成48票-50票で否決してから、補正予算(H.R.1591)に舞台を移し、3月27日に撤退期限削除に関する修正条項(S.Amdt.643)を賛成48票-50票で否決した。結果は逆に出ているが、動いた票はそれほど多くない。共和党の離反議員が1人から2人に増え、民主党の離反議員が3人から2人に減っただけである。その後、補正予算の1回目(3月29日)が賛成51票-反対47票、2回目(4月26日)が賛成51票-反対46票。いずれのケースも、離反議員は共和党が2人(スミス、ヘーゲル)、民主党が1人(リーバーマン)だった。

共和党の離反者が増えない背景には、共和党のコアな支持者が、依然としてイラク戦争の成功に自信を持っているという事情がある(Weisman, Jonathan, "GOP's Base Helps Keep Unity on Iraq", Washington Post, April 30, 2007)。いくら民主党支持者・無党派層の厭戦気分が高まっても、共和党議員にとって大切なのは、あくまでもコアな支持者なのである。

問題はいつまでこのような状況が続くかである。鍵を握るのが「増派」の成否であるのは確かだが、ブッシュ政権は、その評価を今年9月まで明らかにしない方針である(Sanger, David E., "The White House Scales Back Talk of Iraq Progress", New York Times, April 28, 2007)。また、9月の報告もクリアな内容にはならないと見られ、ブッシュ政権は来年まで「増派」状態を続けようとしているともいわれる。

議会共和党にも、落ち着かなさは感じられる。拒否権後の議論では、ベンチ・マークの取り扱いが焦点になる。ブッシュ政権は、ペナルティーにつながるようなベンチ・マークは容認しない方針だが、議会共和党からは、非軍事的な資金援助や、米軍の配置に関するペナルティーならば、検討の余地があるとの意見もきかれる。一方議会民主党は、取り敢えず60日分の戦費を認め、「米軍が苦しんでいる」という議論を封じた上で、撤退に向けた圧力を高めていくことも考えているようだ(Weisman, Jonathan, "Republicans Buck Bush On Iraq Benchmarks", Washington Post, May 1, 2007)。

イラク戦争を成功に導くには、2010~13年頃まで取り組みを続ける必要があるといわれる。CSISのAnthony H. Codesmanにいわせれば、米国がすぐにたどり着ける出口は失敗だけなのである(McManus, Doyle, "Congress' vote on Iraq war is only a prelude to a longer struggle", Los Angels Times, April 30, 2007)。

ワシントンを覆う停滞感はただものではない。議会共和党にとって、緩やかにしか進まない「長い戦争」は、ことさらに息苦しい営みである。

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