2007/05/11

イラクと通商、そしてペロシの手腕

10日の米国議会はなかなか忙しい1日だった。経済政策とイラク問題で大きな動きがあったからだ。いずれもこれで今後の動きが決まったというほどではないが、少なくとも今日のところは、ペロシ下院議長の才覚が際立った。

経済政策の面では、ついに通商政策に関して下院民主党指導部とブッシュ政権の合意が発表された(Goodman, Peter S., and Lori Montgomery, "Path Is Cleared For Trade Deals", Washington Post, May 11, 2007)。具体的には、ペルーやパナマ等とのFTAの議会承認に関する「条件」である。民主党と政権・共和党の対立がこれだけ厳しい中で、そして、民主党の「保護主義化」がいわれるなかで、どうしてこの合意ができたのか。グローバリゼーションの観点からも外せないテーマだし、本業でも取り扱っているのだが、今日はイラクにも触れたいので、とりあえずこの視点からの分析は週末に廻したい。

そのイラク問題では、下院が第二段の補正予算(H.R.2206)を可決した(Jonathan Weisman, "House Approves Revised War Bill", Washington Post, May 11, 2007)。内容は既報の通りで、戦費を2段階に分けて認めるというもの。投票結果は賛成221-反対205で、ここ最近の数字とまたしてもあまり変わらない。共和党の離反が2人というのも同様である。

ところでイラクに関しては、実は補正予算の前にも別の投票が行われていた。こちらは90日以内に米軍の撤退を開始し、180日以内に完了させるというストレートな内容(H.R.2237)。結果は171-255で否決されている。ただし、投票が行われたのは、反戦派議員に意思表示の場を設ける必要があるとのペロシ議長の判断があったからで、当初から可決の可能性はなかった。それにしては、171票の賛成というのは多いというのが評価のようである。

2つの動きを見ると、今日のところはペロシ議長が上手く立ち回ったという感が強い。

イラク問題では、とりあえず反戦派に意思表示を許し、多少のガス抜きをした上で、2段階補正予算の採決を成功させた。意思表示の部分がなかったら、とりあえずは戦費を認めてしまう2段階補正予算からは、反戦派が多数離脱しかねなかった。実際に、今回の投票に関する民主党の離反者を見ると、その数(10人)自体はここ最近と変わらないものの、内訳(反戦8-穏健2)では反戦派の割合が高くなっている。

他方で党内の論争が大きいと見られた通商での合意は、イラクの審議が佳境を迎えているタイミングで敢えて行われた。労組のつながりもあり、党内の反戦派と反グローバリゼーション派には重なりがある。ネットルーツも然りである。これらの反グローバリゼーション派にすれば、イラク問題での指導部との共闘にかかりきりになっている間に、思わぬブラインド・サイドを突かれてしまったという思いもあるかもしれない。通商問題の合意では、指導部の労組への根回しがどの程度だったのかがいまひとつ不透明だし、ネットルーツはかなり衝撃を受けているようにもみえる。

こうしたディールにはリスクがある。民主党指導部は、最大の難関であったイラク問題で党の団結を固めてきたところだった。そこに通商という火種が持ち込まれた格好である。

もっとも見方を変えれば、反グローバリゼーション派としても、イラク問題の比重が強いのであれば、通商での合意に納得がいかない部分があっても、ここで党を割るわけには行かないという判断は働き得る。さらに、一歩引いて考えると、今回のペロシの動きの背景には、グローバリゼーションという大きな流れがある通商でポピュリスト側に動くことと、世論という後ろ盾があるイラクで強い立場に出ることを天秤にかけての状況判断があったのかもしれない。

イラクの議論はこれで終わりではない。通商問題についても、民主党議員への正式な説明はまだこれからだし、その先にも、実際のFTAの審議やTPA(貿易通商権限)、さらには、合意の真の要であるグローバリゼーションの「負の側面」への対策など、本当の山場はこれからだ。

とりあえずはペロシ議長のお手並み拝見である。

0 件のコメント: