2007/07/09

機関車トーマス:グローバリゼーションのアキレス腱

最近の米中関係には、ちょっとした局面の変化が感じられる。数年来の人民元問題に関しては、ある程度の方向性は固まってきた。対中法案の内容もグレードアップされてきたし、IMFやWTOも巻き込まれてきた。結局のところ、焦点は保護主義が暴発しないようなコントロールができるかどうかである。強弱の変化こそあれ、ここ数年はこうした構図自体には目立った変化は見られない。

むしろ気になるのは、摩擦の範囲の広がりである。SWFへの懸念や、ダルフールに端を発したオリンピックの辞退問題もさることながら、意外に大きな話になりそうな気がするのが、中国製品の安全性の問題である。

米国では、ペットフードや歯磨き粉、玩具にタイヤと、中国からの輸出品の安全性が問われる事件が相次いでいる。調べてみれば、既に昨年の時点で、米国のComsumer Product Safety Commissionによってリコールされた中国製品は467件に上っており、2000年には36%だったリコール件数に占める割合は60%に達していた(Lipton, Eric S., and David Barboza, "As More Toys Are Recalled, the Trail Ends in China ", New York Times, June 19, 2007)。機関車トーマスの玩具のように、鉛の含有が原因でリコールされた26件についても、その89%が中国製品であり、93%が全米で販売されていた("Lawmakers Call for More Regulation of Hazardous Products Imported From China", Daily Report for Executives, July 6, 2007)。食料品についても、今年4月までの4ヶ月間だけで、298件の中国からの輸出品がFDAに陸揚げを拒否されている。金額ベースで中国の5倍の対米輸出があるカナダでも、同時期の陸揚げ拒否は56件に過ぎなかった(Weiss, Rick, "Tainted Chinese Imports Common", Washington Post, May 20, 2007)。

この問題は、これまでの貿易摩擦とは次元が違う。米国で保護主義が暴発しない一つの理由は、中国からの安価な輸入品の確保が「消費者」にとってのメリットだからだ。ウォルマートは庶民の味方だし、企業にとっては中国はサプライ・チェーンに欠かせない大切なピースである。なにせ、米国で売られている玩具の70~80%は中国製である(Lipton et al, ibid)。しかし、家族が食べる食材や、子どもの玩具が有害だとなったらどうだろう。企業にしても、訴訟リスクやレピュテーションリスクへの配慮は軽視できない。実際に輸入企業の間には、自前での検査体制を強化すると同時に、米国内での不買運動などに発展した場合に備えて、新たな調達先を模索する動きがあるようだ(Barboza, David, "China Steps Up Its Safety Efforts", New York Times, July 7, 2007)。中国にしても、たかだか数百人の国会議員とやり合うのと、米国の消費者を敵に回すのでは、事の重大さが違う。だからこそ中国政府も、矢継ぎ早に対策を打ち出しているのである。

さらにこの問題は、グローバルゼーションと規制のあり方にも一石を投じそうである。既に米国では、中国からの輸入品を中心に、安全性監視の仕組みを強化すべきだという議論が出ている。民主党のシューマー上院議員が要求するのは、①担当省庁を統括する輸入担当官の新設、②食品の材料レベルにまで下りた原産国表示の義務付け、③食品検査手続きの厳格化(実地検分に関する事前通知の廃止等)、④製造地での実地検分の強化、⑤食品安全基準の強化(早期通報を怠った場合の罰金増額等)である。

こうした米国が単独で出来る措置を求める声が上がるのは、ある程度は想定の範囲内だろう。むしろ気になるのは、国際的な規制の枠組みを求める動きである。実際にWashington PostのHarold Meyersonなどは、経済活動が国家の枠組みを超えてきた以上、規制の実効性を保つためには、国境を超えた協力関係や枠組みが不可欠だと主張する(Meyerson, Harold, "Global Safeguards for a Global Economy", Washington Post, July 5, 2007)。さらにMeyersonは、環境問題や労働者の権利についても、同じような議論が容易に適用できるとも論じている。

一足飛びに労働者の権利にまで話を広げるのは、やや乱暴な議論である。しかし、グローバルな規制を求める勢力に、「安全性」という取っ付き易い入口が提供されたのは確かである。市場の自浄作用がどのように働くのか。ひょっとすると、グローバリゼーションの今後という観点では、人民元の動きよりも気にする必要があるのかもしれない。

0 件のコメント: