2007/07/21

Brilliant Disguise:生産性と賃金の乖離

グローバリゼーションや格差、そして中間層の問題を取り上げる際に、いつも悩まされるのが、導入の部分である。「1970年代以降の米国では、生産性と賃金の伸びが乖離している」。中間層の苦境を訴える人達は、必ずといって良いほど、こういう話から説き起こす。ところが、我が尊敬するサンフランシスコ連銀のジャネット・イエレンは、両者は概ね同じように伸びていると指摘する。

一体どっちなのか?そして、何が問題なのか?

どうやらその答えは、統計の解釈によるところが大きいらしい。ハーバード大学のロバート・ローレンスは、1981~2006年の期間について、ブルー・カラーの賃金上昇率と民間部門における生産性の乖離の要因を分解している(Lawrence, Robert Z., Slow Real Wage Growth and US Income Inequality, June 2007)。これによれば、乖離の37%は数値を実質化する際のデフレーターの問題だという。さらに、25%は医療費などの付加給付の増加、8%はサービス業雇用の比率増加で説明出来る。いわゆる格差の問題につながるのは、全体の3割程度に過ぎないというのが、ローレンスの結論である。ちなみにその内訳は、ブルー・カラーの賃金上昇率の相対的な低さ(狭義の格差)が14%、資本の採り分増加が10%、スーパー・リッチの増加が7%である。

こうした研究結果は、昨今の格差問題やグローバリゼーション批判に端を発した経済政策を巡る議論について、「一体何だったんだ」という疑問を突き付ける。実際に、Clive Crookは、この研究を引き合いにして、世の中のグローバリゼーションへの懸念なるものには、過剰に反応するべきではないと主張する(Crook, Clive, "Why Middle America Needs Free Trade", Financial Times, June 27, 2007)。

しかし、政治的な現実も無視するわけにはいかない。最近の米国では、経済的な根拠がどうであれ、国民の問題意識を軽視していては、保護主義などの有害な政策に追い込まれてしまうという懸念が強い。何といっても、民主主義の国で政策を動かすのは世論なのである。

「有権者は分かっていない」と片付けるのは簡単である。しかし、国民の意識と経済的な議論を折り合わせていく知恵こそが、現実の政策を動かしていく醍醐味である。統計のマジックみたいなのは勘弁してもらいたいところではあるが、その意味では、現在の米国における経済政策論は、とても面白い題材なのである。

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