2007/09/18

ヒラリーの医療保険改革案、いよいよ。

転居の準備が第一の山場を迎えつつあるので、暫くは備忘録のようなポスティングが増えるかも知れない。今の心境は、他人のサブプライムより自分の借家、ファンド課税強化より自分の確定申告である。何せ、前回米国に渡ったのは10年前。なかなかどうして一筋縄ではいかない。いっそのこと、顛末を記した新しいページでも立ち上げようかと思ってしまう。

9月17日にヒラリーが待望の医療保険改革案を発表した(Healy, Patrick and Robin Toner, "Wary of Past, Clinton Unveils a Health Plan", New York Times, September 18, 2007)。医療コスト削減、医療の質の向上に続く第三段は、国民皆保険制に向けた総仕上げの改革案である。詳細はココをご覧頂きたい。

このページをフォローして下さっている方には耳タコだと思うが、現行のハイブリッドな医療制度を基本に皆保険制を実現するための鍵は、「義務付け」にある。ヒラリーの提案では、個人に保険加入が義務付けられた。民主党の候補者ではエドワーズと同じ立場であり、義務付けを回避したオバマとは一線を画した。また、ヒラリーの提案では、企業側についても、大企業に関しては、従業員への医療保険提供か公的制度への費用負担を迫られる(Play or Pay)。

注目されるのは、90年代にヒラリーが主導した改革案(ヒラリーケア)との違いだ。共和党陣営は、前回の改革の記憶を呼び覚まし、「医療の社会化」に外ならないと批判しようと手ぐすねをひいている。ヒラリーは一体何を学んだのか。

ヒラリーのアドバイザーの一人であるジーン・スパーリングは、少なくとも3つの相違点があると指摘する(Kornblut, Anne E. and Perry Bacon, "Clinton Unveils Health Care Plan", Washington Post, September 17, 2007)。第一に、以前の提案では個人・企業は地域アライアンスという官製市場への参加が義務付けられた。今回は選択の余地が広く、現行のカバレッジ維持も可能である。第二に、制度全体を統括する公的な意思決定機関は創設されない。第三に、前回は企業への義務付けが特徴だったが、今回は中小企業についてはむしろ保険提供の支援策が盛り込まれた。総じていえば、「選択」を強調し、国の介入を控え目なものに止めようとしたという印象である。何しろ、改革案の名称からして、Amercan Health Choices Planである。

ところで日本では、マイケル・ムーアの新作「シッコ」を引き合いに、「米国型に近付くような改革」に警鐘を鳴らす向きが目立つ。しかし、あの映画は米国が敢えて対局にあるキューバを持ってきたところに意味がある。日本は比較でいえばキューバ寄りにあるわけで、学びとるべきことは自ずと違うはずだ。危機に瀕しているのは、何も米国型の医療保険制度だけではない。高齢化が進む中で、医療システムのファイナンスを維持する知恵が求められている点で、日米に違いはない。そして、国民的な議論が始まろうとしている米国は、少なくともその深淵を覗きこもうとしているのである。

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