Electabilityという魔物
「当選可能性(Electability)」というのは面妖な言葉である。2004年の民主党予備選挙では、本選挙で勝てる候補を選びたいという有権者の思いがケリー勝利の原動力になった。2008年の予備選挙では、同じ「当選可能性」という言葉が、支持率ではトップをひた走るヒラリーにとっての障害になっている。
9月3日にエドワーズが2つの大きな労働組合の推薦を獲得した(Allen, Mike, "Edwards gets two big union labels", Politico, September 3, 2007)。United SteelworkersとUnited Mine Workersである。対するヒラリーもUnited Transportation UnionとInternational Association of Machinists and Aerospace Workersの支持は取り付けたものの、8日に推薦を正式発表する予定のUnited Brothers of Carpenters and Jointers of Americaと併せて、現時点ではエドワーズがもっとも多くの労働組合からの支持を得た民主党候補者となっている。AFL-CIOは8月8日に特定の推薦者決定を回避しており、傘下の55の労組は独自の推薦者表明が可能になっていた(Greenhouse, Steven, "A.F.L.-C.I.O. Decides Not to Endorse for Now, Freeing Unions to Do So", New York Times, August 9, 2007)。
注目されるのは、労組がエドワーズの推薦を決めた理由に、「当選可能性」を挙げていることである。United Steelworkersは、「全ての民主党候補はわれわれと価値観を共有しており、誰が当選しても今の政権と比べれば画期的に状況は改善する」としつつ、「いくつもの世論調査が、エドワーズこそが本選挙に勝てる可能性がもっとも高い候補であることを示している」と指摘している。
実は同じようなロジックは、8月28日に発表されたInternational Association of Fire Fightersによるドッド上院議員の推薦の時にもみられていた。ドッド上院議員は民主党候補の中では出遅れているが、IAFFは選挙の焦点となる中間層の票を取れる候補であるという理由で、その推薦を決めている(Holland, Jesse J., "Dodd, Clinton earn backing of unions", Miami Herald, August 28, 2007)。ちなみにIAFFは04年の選挙でいち早くケリー推薦を決め、低迷していた同候補が浮上するきっかけを作った労組である。
こうした労組の動きの背景にあるのは、反対者の多いヒラリーでは本選挙には勝てないという危惧である。このページでもかつて触れたことがあるように、確かにヒラリーに対する有権者の好みは分かれる。ギャロップ社が8月13~16日に実施した世論調査では、ヒラリーの印象を「好ましくない」とした割合が48%に達し、「好ましい(47%)」という回答を上回った。「好ましくない」とした割合は、エドワーズ(36%)、オバマ(29%)よりも断然高い。先ごろ辞任したカール・ローブ前大統領次席補佐官は、こうした有権者に嫌われる度合いの高さを引き合いに、ヒラリーは「重大な欠陥のある候補者」であると指摘する。また、このようにブッシュ政権や共和党関係者がことさらにヒラリーを攻撃するのも、ヒラリーであれば共和党支持者の反対運動が盛り上がるという思惑があってのことだともいわれる。そして、こうした有権者の意見の分裂が、ヒラリーでは本選挙に勝てないという見方を生む。大統領選挙の結果は、州ごとの勝負にかかってくる。ヒラリーには太平洋・大西洋岸に集中する民主党の地盤は固められても、それ以上には勝てる州を広げられないのではないか。
こうしたなかで、「本当のアメリカ」で勝てるという主張で、当選可能性をアピールしているのがエドワーズである(Kornblut, Anne E., "Pinning Hopes On Rural Voters", Washington Post, August 27, 2007)。エドワーズは、必ずしも恵まれない環境から成り上がってきたという実体験を武器に、田舎の米国人(rural American)・労働者階級から支持される候補者は自分だけだと主張する。実際に、民主党の憂慮候補の中で、南部出身で社会的に保守的な立場をとる白人・男性候補はエドワーズだけである。「田舎」は伝統的に共和党が強い地域だが、ブッシュ政権の不人気で共和党離れがいわれており、今回は民主党にもチャンスがある。他の候補者との兼ね合いから、「白人・男性」と明言しにくいのが悩ましいところだが、エドワーズには、オハイオ、バージニア、ネバダ、ミシガンといった地域で白人労働者の支持を集められるのは自分だという自負がある。また、エドワーズのアドバイザーであるデビッド・サンダースは、南部の田舎に住む白人男性票(Bubba)を取れるのがエドワーズの強みであり、彼であれば南部の3~5州を獲得できると主張している(Hagan, Joe, "q&a: david 'mudcat' saunders", Men's Vogue, June 2007)。
ニューヨーク・タイムスのデビッド・ブルックスの観察によれば、「本当のアメリカの代弁者」というセールス・ポイントを重視するエドワーズの戦略は、前回出馬した2004年の大統領選挙と変わらない。今から思うと隔世の感があるが、共和党の凋落がいわれる今日とは違い、当時は民主党の全般的な支持率の低下が指摘されていた。こうしたなかでエドワーズは、一般国民を見下ろすような民主党エスタブリッシュメントの態度こそが問題であり、民主党には米国のど真ん中から生まれた候補者が必要だと指摘していた。当時のブルックスは、計算ではなく「心」で有権者を捕らえようとするエドワーズに、かつてのクリントン大統領を重ね合わせていた(Brooks, David, "Rescuing the Democrats", New York Times, October 21, 2003)。時は移って2007年。今回の選挙でエドワーズは「左旋回」によってヒラリーやオバマに対峙しているといわれるが、ブルックスにいわせれば、具体的な政策面での発言こそ厚くなっているものの、エドワーズの基本的なラインは変わらない。それは、「庶民や労働者の気持ちが分かるのは自分だけ」という自負であり、その根底には「恵まれた者たち」への憤りが存在するという(Brooks, David, "The Ascent of a Common Man", New York Times, August 17, 2007)。
もっとも、「当選可能性」という議論がどこまで的を得ているのかは判断が難しいところもある。興味深いのは、最近明らかになった州別世論調査の結果である(Kilgore, Ed, "Red States Turning Purple?", Democratic Strategist, August 27, 2007)。サーベイUSAの調査によれば、アラバマ、ケンタッキー、バージニア、オハイオ、ミズーリ、ニューメキシコといった2004年にブッシュが勝った州のうちで、ヒラリーがジュリアーニに負けているのはミズーリとアラバマ、トンプソンに負けているのはアラバマだけであり、ロムニーならばどこでもヒラりーの方が支持されているという。他の民主党候補についての同様の調査結果がないので比較のしようがないし、全米規模の調査から類推すればエドワーズやオバマの方が共和党候補者に分が良いとは予想されるものの、少なくともこの結果を見る限りでは、ヒラリーでは「勝てない」という結論は導き出せない。
「当選可能性」が切り札だったケリーは、実際には本選挙でブッシュに勝てなかった。しかも、強みになると見込んでいたベトナム従軍歴を攻め込まれた結果である。「当選可能性」という捉えどころのない論点は、ホワイトハウス奪回を目指す民主党にとって頭の痛い視点になりそうだ。
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