2007/09/05

Waiting for Petraus:強まる部分撤退の見通しとその意味合い

議会が再開された米国では、イラク政策を巡る論戦に向けた熱気が高まってきた。来週には、ペトロース司令官とクロッカー駐イラク大使による議会公聴会での証言や、待望(?)のブッシュ政権による現状報告の発表が予定されている。また、ブッシュ政権は2008年度のイラク戦費として、約500億ドルの補正予算を議会に要請する見込み。既に予算教書で申請されていた約1,500億ドルとあわせると、年間の戦費は約2,000億ドルに達する。これから10月8日のコロンバス・デー休会入りを一つの目安として、議会での論戦が盛り上がっていくとみられる。

苛烈な党派対立が噂される一方で、米国では一つのコンセンサスのようなものが出来上がってきているのも見逃せない。いずれにしても、来年春ごろにはある程度の駐イラク米軍の兵力削減が実現するだろうというのである。

鍵は米軍の体力にある。陸軍の海外派兵期間は、今年の4月11日に従来の12ヶ月から15ヶ月に延長されている(Bender, Bryan, "Army lengthens tours by 3 months", Boston Globe, April 12, 2007)。こうした措置は、現実には16ヶ月程度までの派兵期間の延長が行われていたり、これも定められている次の派兵までの1年間のインターバルを守れなくなっていたりしたことへの対応である。それでも、増派が今年の1月に始まっている(Karl, Jonathan, "Troop Surge Already Under Way", ABC News, January 10, 2007)ことを考えれば、ブッシュ政権は来年の春にはその先陣を帰国させなければならない。ケイシー陸軍参謀総長が指摘するように、増派の水準に兵力を維持できるのは来春までであり、自然体でいればその後は部分的な撤退は避けられない(Pessin, Al, "Army Chief Says US Can Sustain Surge in Iraq Until Spring", VOA News, August 14, 2007)。引き続き増派の水準維持は可能だという指摘もあるが、その場合には海兵隊などの派兵期間を延長する(海兵隊の派兵期間は7ヶ月、予備役・ナショナルガードは1年)等の対応が必要である(Schmitt, Gary J., and Thomas Donnelly, "Sustaining the Surge", Weekly Standard, September 10, 2007)。

この局面でブッシュ政権が最も避けたいのは、民主党に追い込まれた形での急速な兵力削減である。そうであれば、この自然体でも実現する「部分撤退」を上手く演出するのが得策といえる。すなわち、増派の成功によって部分的な撤退が可能になったと説明した上で、急速な兵力削減は事態の暗転を招くとして、民主党の攻勢を乗り切るという考え方である。実際に、こうしたラインの萌芽は既に見え始めている。ブッシュ大統領は、9月3日のイラク電撃訪問の際に、「(増派の)成功が続けば、現状よりも少ない米兵で同水準の治安を確保できるようになる」と延べ、駐イラク米軍削減の可能性を認めている。ただし、そのタイミングや規模についての言及はなく、自然体での増派終了以上のことは示唆していないとの見方も燻っている(Cloud, David S., and Steven Lee Myers, "Bush, in Iraq, Says Troop Reduction Is Possible", New York Times, September 4, 2007)。また、ケイシー陸軍参謀総長は、現行の16万2千人から2008年中に14万人程度までの削減であれば、現在の派兵期間を変える必要は生じず、また、相応の戦力を現地に残したいというブッシュ政権やペトロース司令官の要望にも合致すると述べている。そして同参謀総長は、向こう数年のうちには2万5千人程度までの削減も視野に入ってくるという立場をとる(Dreazen, Yochi J., "Discarded Troop Plan Gets a Second Look", Wall Street Journal, August 23, 2007)。さらに米議会には、ペトロース司令官自身が、向こう1~1年半で駐イラク米兵を半減させると提案するのではないかという見方すらある(Kiely, Kathy, "Lawmakers' Iraq visits reinforce opinions", USA Today, September 3, 2007)。

増派の成功が撤退につながるという説明は、来年に選挙を控える共和党の大統領候補者や議員にとっても好都合である。共和党の悩みは、無党派層が撤退に傾いている一方で、共和党支持者は相変わらずブッシュ政権のイラク政策を支持している点にある。しかし、増派と撤退を上手く結び付けられれば、こうしたジレンマからは開放される。実際に、既にそうした方向に舵を切っている候補者もいる。9月3日にロムニーは、増派の軍事的な成功によって、08年中に現地の安全を損ねずに米兵の撤退を進められる環境が整う可能性があると述べている(Stuart, Matt, "Romney sees '08 move to Iraq support role", ABC News, September 3, 2007)。

増派については、少なくとも軍事的な側面では、一定の治安の安定という成果をもたらしたという評価が少なくない。サブプライムや医療保険への関心の高まりもあり、戦争だけが有権者の関心事項というわけでもなくなっているともいわれ、急速な兵力削減を求める声がどこまで大きな流れになるかも読みにくい(Herszenhorn, David M., "Democrat Focuses on the Financial Toll", New York Times, September 3, 2007)。一方で、イラクの安定化には軍事・政治・経済の3本柱がそろう必要があるといわれる中で、政治・経済部分の立ち遅れは明白であり、イラク情勢の先行きが眼に見えて好転しているわけでもない。

兵力が緩やかに削減され始める見通しが強まってきた一方で、むしろ米軍の関与自体はずるずると続いてく可能性も高まっているのかもしれない。

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