前哨戦としてのSCHIP論争
大統領選挙の大きな争点になりつつある医療保険改革。その前哨戦が米議会で山場を迎えている。
俎上に上っているのは、低所得層の子供を対象とした公的保険であるSCHIP。9月末で期限が切れるこのプログラムの延長を巡って、議会民主党とブッシュ政権が対立している。民主党側は、現行の5年間で250億ドルの予算を600億ドルにまで増額し、660万人の加入者を1000万人にまで拡大すべきだと主張する。これに対してブッシュ政権は、同300億ドルまでの増額しか認めない方針で、拒否権の発動を示唆している。25日に下院で行われた採決では、民主党案が賛成265票で可決されたものの、拒否権を覆せるだけの賛成は得られなかった(Pear, Robert, "House Passes Children’s Insurance Measure", New York Times, September 26, 2007)。
SCHIPは、ブッシュ政権が民主党との戦場に選ぶには、やや奇異なプログラムである。SCHIPは子供の無保険者を減らすという目的を達成しており、実際の運営を担当する州政府の評価も良好である。1997年に同制度はクリントン政権と共和党議会の下で成立しており、ハッチ上院議員など共和党にも支持者は少なくない(Dionne Jr., E. J., "The Right Fight for Democrats", Washington Post, September 25, 2007)。何よりも、「子供のためのプログラム」は絵になりやすく、世論の支持を集め易い(Milbank, Dana, "A Bill That Everyone Can Love -- or Else", Washington Post, September 26, 2007)。すかさず民主党は、SCHIPに加入している子供を記者会見に引っ張り出して、「この子のために」というアピールを展開した。
ブッシュ案の水準では、100万人の現受給者が賄えなくなるといわれる(Dionne Jr., Ibid)。それでなくても、法案審議が滞り、9月末に制度が期限切れになってしまえば、12の州で制度の存続が危うくなるという(Pear, Robert and Carl Hulse, "Congress Set for Veto Fight on Child Health Care", New York Times, September 25, 2007)。このためホワイトハウスは、州政府に危機対応プランを作成するよう呼び掛けているというが、来年に選挙を控える共和党議員からは、大統領に再考を求める声も聞かれる。下院の投票でも、45人の共和党議員が民主党案に賛成票を投じている。
なぜブッシュ政権は、そこまでのリスクを犯してまで、民主党案に反対するのか。それは政権がこの問題を、政府のあり方に関する根本的な哲学の問題として位置付けているからだ。ブッシュ大統領は、民主党案は「全ての米国人に公的保険を適用するというゴールに向けたステップの一つだ」と批判する(Pear et al, ibid)。歳出拡大の財源が増税(タバコ税)なのも政権の思考とは相容れない。むしろ現状でもSCHIPは加入基準が緩められすぎており、「貧しい家庭の子ども」という当初のターゲットに立ち戻るべきだというのが、ブッシュ政権の主張だ。共和党にとってこの問題は、「医療の社会化」を巡る代理戦争であり(Milbank, ibid)、金額では譲歩の余地があるにしても、「肝心なのは政策であり、哲学の問題(レビット厚生大臣)」なのである(Lee, Christopher, "Senate and House Reach Accord on Health Insurance for Children", Washington Post, September 22, 2007)。
SCHIPのような由来としては超党派の支持を得られる素地がある政策が、ここまで論争の的になってしまうというのは、医療保険制度というのが、両党の哲学を分ける象徴的な問題になっていることの表れであろう。その一方で、イデオロギー的な対立が余りに先行した場合には、「事実」に基づいた議論によって、党派対立に歯止めがかけられる余地が出て来るような気がする。例えば、ブッシュ政権はSCHIPの対象を貧困ラインの200%以下に限定すべきだと考えている。しかし、昨年増加した子どもの無保険者(71万人)のうち、その約半数が貧困ライン200~399%の家庭の子どもだったという(editorial, "Gunfight at the S-Chip Corral", New York Times, September 25, 2007)。
ところで、SCHIPに関しては、その審議プロセス自体が、昨今の党派対立の高まりを象徴している。問題の法案は、両院協議会での審議を経ていないのである(Hulse, Carl, "In Conference: Process Undone by Partisanship", New York Times, September 26, 2007)。両院協議会は、上下両院で異なった内容の法案が可決された場合に、両院・両党の有力者が集まって、法案内容の調整を行う場であり、米国の議会審議プロセスにおいて重要な役割を果たしてきた経緯がある。両院協議会の結論(Conference Report)は、本会議での修正が認められないために、法案の内容を最終的に決定する力を持っていた。また、その開催には両党指導部の合意が必要だったので、少数党にも一定の発言の機会が与えられていた。ところが、党派対立が厳しくなるに連れて、最近の議会では両院協議会が機能しなくなってきた。多数党は内輪だけで内密に法案内容の調整を行うようになり、少数党は審議妨害のために両院協議会の開催を妨げるようになってしまった。当初民主党議会は、共和党のやり方を改めて、オープンな両院協議会を開催する方針を示していたが、共和党の妨害工作が目立つようになるに連れ、両院協議会を迂回するようになったという。SCHIPでも、まずは共和党が民主党による両院協議会開催の呼びかけを断った(Wayne, Alex, "Chldren's Health Insurance Bill Dealt a Setback as Sept.30 Deadline Looms", CQ Today, September 4, 2007)。そして民主党は同調しそうな一部の共和党議員(グラスリー上院議員やハッチ上院議員)だけを招いて、最終的な法案内容を固めてしまった。SCIP以外にも、ロビイング改革法やFDA改革法、さらにはエネルギー法案などが同様の道筋をたどりそうである。
両院協議会はお飾りに過ぎないという意見もある。学費ローン法の両院協議会に参加しようとした或る議員は、開催場所を探すのに四苦八苦した上に、肝心の会合では参加者が誰も主題である法案の実物を持っていないことを発見した、なんていう話もある(George, Libby, "Why Show Up? Just Wait, and Then Complain", CQ Today September 5, 2007)。
それにしても、いつまでもこんな対立状況が続くものだろうか。有権者の問題意識が集中する医療保険の問題は、一見すると対立の構図をさらに深める要素のようだが、対立が行き詰まる分岐点になる可能性も否定できないような気がする。
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