2007/08/20

久しぶりにイラク...

昨年の議会選挙以来、民主党はイラクからの早期撤退を主張して、ブッシュ政権や議会共和党を一方的に攻め立ててきた。その構図は大統領選挙にも引き継がれている。しかし、ここに来て米国では、米軍削減の可能性が現実味を高めてくると同時に、撤退の速度自体は緩やかなものに止まるという方向で、両陣営の間に収束点が見えて来ているような気配がある。

ブッシュ政権は、9月に予定されているイラク戦争の現状報告において、駐留米軍の削減に関する提案を行うといわれている(Myers, Steven Lee and Thom Shanker, "White House to Offer Iraq Plan of Gradual Cuts", New York Times, August 18, 2007)。取り敢えずは来年の前半に増派の区切りをつけ、8月までに増派前の水準に兵力を減らして行くというのが、今のところの基本方針のようである。民主党が主張するような「撤退」の色彩が強い内容ではなく、むしろ少なくともブッシュ政権が終わるまでは十分な兵力を展開できるように有権者を納得させるのが狙いだが、それでも議論のベクトルが米軍削減に動き始めている気配は漂っている。

とはいえ、兵力の急速な削減への機運が高まっているというわけでもない。むしろ民主党の候補者は、イラクからの米軍撤退はそんなに容易ではないという慎重な発言に傾いている。具体的には、現地の混乱を避けるためには、米軍の撤退は段階的に行う必要があり、完全撤退というよりは、一定の兵力を現地に残さなければならないというスタンスである。実際に大統領になった時を考えて、有権者に過大な期待感を抱かせないようにすると同時に、政策上の柔軟性を確保するのが狙いである。既に昨年の中間選挙で反戦を掲げて当選した民主党議員のなかには、公約通りに戦争を終わらせられなかった点について、地元からの突き上げを受けている例もある(Romano, Lois and Mary Ann Akers, "An Antiwar Freshman Leader Faces His Constituents", Wshington Post, August 9, 2007)。有権者の期待感を煽り過ぎるのは禁物なのである。8月19日にアイオワで行われた討論会では、民主党の有力候補がいずれも米軍撤退の難しさに言及しており、ヒラリーなどは「(撤退については)過大な宣伝をしないことが極めて重要だ」と述べている(Przybyla, Heidi, "Clinton, Obama Warn in Debate Iraq Withdrawal Will Take Time", Bloomberg, August 19, 2007)。唯一リチャードソンだけが6~8ヶ月での完全撤退を主張したが、反戦派で売っている筈のエドワーズですら、9~10ヶ月というタイム・テーブルの方が現実的だと反論している。撤退の度合いについても、ヒラリーはテロ対策やクルド地域の安定のために、オバマは米人保護やテロ対策、そしてイラク兵の訓練のために、さらにエドワーズはイラク政府による虐殺や他国への暴力の伝播に備えて、一定の兵力を残す必要があると主張している(Zeleny, Jeff and Marc Santora, "Democrats Say Leaving Iraq May Take Years", New York Times, August 12, 2007)。

また、ブッシュ政権との距離をジリジリと広げようとしていると思われた共和党の候補者も、イラク戦争に関しては政権擁護の立場を崩していない。8月5日にやはりアイオワで行われた討論会では、共和党の有力候補者が口を揃えてイラク戦争での勝利の必要性を強調し、撤退に傾く民主党を弱腰だと批判した(Nagourney, Adam and Michael Cooper, "In Debate, Republicans Make the Case for Staying in Iraq", New York Times, August 6, 2007)。民主党サイドでオバマの外交政策における経験不足が論争になっているだけに、共和党としては外交・安全保障での強さを改めてアピールするのが得策という判断もあったのかもしれない。

有権者の見方も冷静になって来ている。8月にギャロップ社が行なった世論調査では、増派がイラク状勢を改善させているという回答が、7月よりも9ポイント多い30%を記録した。イラク戦争は間違いだったという意見も、7月よりも5ポイント少ない57%である(Tsikitas, Irene, "Warming Up to the Surge", National Journal, August 8, 2007)。有権者の見方が明るくなっていると言える程ではないが、目立った世論の動きである。

世論や候補者の立場が極端に動かないのは、イラク戦争の先行きが不透明だからである。米国では、イラクの現状に関する評価が割れている。7月の終わりには、民主党系シンクタンクの研究者が、増派によってイラクにある程度の安定がもたらされる可能性が出てきたとする現地報告を発表し、話題になった(O’Hanlon, Michael E., and Kenneth M. Pollack, "A War We Just Might Win", New York Times, July 30, 2007)。そうかと思えば、8月19日のNew York Timesには、イラクの状況が改善しているかのような最近の報道には違和感を覚えざるを得ないという、米兵の署名記事が掲載されている(Jayamaha, Buddhika, Wesley D. Smith, Jereny Roebuck, Omar Mora Edward Sandmeier, Yance T. Gray and Jeremy A. Murphy, "The War as We Saw It", New York Times, August 19, 2007)。米軍はイラク人の安全を確保できておらず、経済復興も進んでいないというのがその趣旨である。いずれの記事も、「現地の視点からすれば、米国(ワシントン)の議論は現実離れしている」と書きながら、その内容は正反対である。

先行きの不透明さは、候補者に断固としたスタンスを取ることをためらわせる。長い選挙のリスクは、特定の政策へのスタンスを早く固め過ぎて、状況の変化に対応できなくなることだ。投票日までに時間がある以上、いずれの党の候補者も、慎重に状勢を見極めたいところだろう。そう考えると、「米軍削減は時間の問題だが、撤退までの速度は緩やかに」というのは、現時点での自然な落とし所なのかもしれない。

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