2007/08/08

How Low Can You Go? :民主党候補「保護主義化」の本当のリスク

大統領選挙の文脈で、民主党が保護主義の方向に動いているのは事実である。しかし、その度合いについては、冷静に見極める必要がありそうだ。

8月7日に民主党の候補者による討論会が開催された。主催は労組の元締めであるAFL-CIO。野外のフットボール・スタジアムを会場に、1万7千人の労組関係者を集めて実施されたというのだから、何とも壮観である(Balz, Dan, "Obama and Clinton Take the Gloves Off In AFL-CIO Debate", Washington Post, Auguat 8, 2007)。

この討論会は、各候補者にとっては、大きなトラップになる可能性があった。これだけの労組関係者を前にすれば、ついつい左に傾いた発言をしたくなるのが人情というもの。しかし、余りに左に進みすぎれば、本選挙での足枷になりかねない。さらにいえば、首尾良く大統領に当選出来た場合でも、今度は労組にお返しをしなければならなくなる。

もちろん労組も、その辺りの力学は心得ている。予備選で持っているレバレッジを最大限に活かして、いかに候補者から言質を取るかが、労組の腕の見せ所である。特に労組にとっての大きな論点である通商政策に関しては、比較的労組に近いといわれるエドワーズのスタンスをメルクマールにして、オバマやヒラリーを保護主義の方向に引きずろうとしているようだ(Chipman, Kim and Nicholas Johnston, "Edwards's Stance on Trade May Attract Union Support", Bloomberg, August 7, 2007)。エドワーズは、討論会前日に通商政策に関する公約を発表している。「エドワーズの議論に近付けるのか?」というのが、有力候補に対する労組からの問い掛けである。

ところが、肝心の討論会での通商政策を巡る議論で、観衆から一番の喝采を浴びたのは、エドワーズではなかった。確かにエドワーズは、NAFTAを見直し、労働基準や環境基準の強化を義務付けるべきだと主張した。他の有力候補者達も、程度の差こそあれ、概ね同じ様な趣旨の発言を行なった。しかし、観衆がもっとも沸いたのは、最後に発言したクシニッチの時だった。何とクシニッチは、NAFTAだけでなく、WTOからも脱退すると明言した。その時の観衆の盛り上がり振りは、尋常ではなかった。見方を変えれば、いくら労組に媚びるといっても、エドワーズを含めて、そこまで踏み込む有力候補者はいないのだ。

もう一度エドワーズの通商政策を見直してみよう。その内容で目を惹くのは、最近の中国からの輸入品の安全性に関する問題に絡めて、消費者の視点から、輸入品への監視強化を訴えている点である(Healy, Patrick and Michael Cooper, "Democrats Campaign on Mortgage and Trade Issues", New York Times, August 7, 2007)。しかしそれ以外の部分については、それほど新味のある提案がある訳ではない。労働・環境基準や、為替操作の問題などは、むしろ既にお馴染みの議論になっている感がある。

有力候補者の通商政策には、労組の支持を視野に入れて、互いの出方を見比べながら、歩を進めている側面がある。オバマとエドワーズの標的は、いうまでもなくヒラリーである。両者がNAFTAを取り立てて批判するのは、これがクリントン政権の遺産だからだ。また討論会では、両候補は通商政策の問題は企業の利益ばかりが反映されている点だと強調し、むしろ「体制派」の候補であるヒラリー批判につなげようとした。一方のヒラリーは、こうした攻め方をされると分かっているからこそ、左寄りのスタンスを取る。また、反戦機運の強いアイオワでバランスを取るためには、通商では左に寄らざるを得かったのではないかという指摘もある(Heilemann, John, "Marital Discord", New York, July 16, 2007)。

このように、候補者の保護主義化が予備選の必要性に迫られた計算づくのポジションに過ぎないのであれば、実際に民主党政権が誕生した後の展開は、それほど心配しなくても良いという議論もあるかも知れない。しかし、そこには見逃せないリスクがある。グローバリゼーションに対する有権者の不安感はリアルだ。かたちだけの「保護主義」でお茶を濁そうとすれば、結果的にもっと性質の悪いバックラッシュを招きかねない。思い返せば、クリントン大統領の自由貿易路線には、少なくとも理論的には「人的投資の充実」という積極的な対応策が組み込まれていた(Heilemann, ibid)。そうした知恵を出すことこそが、民主党の候補者には求められているのではないだろうか。

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