2007/08/07

Dance, Dance, Dance:オバマの「外交攻勢」に潜むリスク

ヒラリーに今一つ追いつけないオバマ。外交政策での論争を局面打開のきっかけにしたいところだが、ヒラリー陣営の落ちついた対応によって、かえって「経験の差」が浮き彫りになる危険性もありそうだ。

ここ数週間でオバマの外交政策に関する資質が問われる出来事が立て続けに3件発生した。そもそもの始まりは、7月23日の討論会。ここでオバマは、「就任後1年以内にイラン等の敵対国の独裁者と前提条件なしに会談するか」という問い掛けに、肯定的な解答をした。これに対してヒラリーは、宣伝目的に使われるかもしれないのに、軽々しく会うべきではないと反論。オバマの立場を「無責任で正直ナイーブ」と皮肉った。他方のオバマも、「無責任でナイーブといえばイラク開戦に賛成したこと」と切り返し、ヒラリーを「軽量級のブッシュ・チェイニー」と反論するなど、今予備選初の批判合戦に発展した(Tapper, Jake, "Obama Delivers Bold Speech About War on Terror", ABC News, August 1, 2007)。

これに続いたのが、8月1日にオバマが行なった、テロ対策に関する演説。なかでも注目を集めたのは、アルカイダの指導部掃討のためならば、パキスタン政府の了解が得られなくても、米軍による同国への軍事展開を排除しないとした点である。第一の発言と併せると、いわばヒラリーを左右から挟撃する形になったからだ。直接交渉路線は明らかにハトな派な印象だが、パキスタンへのスタンスはブッシュ政権に近い。それどころか、援助を梃子にパキスタン政府にテロ対策強化を求めるとしている点などは、むしろブッシュ政権よりもタカ派ともいえる(Richter, Paul , "Obama talks tough on Pakistan, terror", Los Angels Times, August 2, 2007)。

オバマが外交政策で積極的に仕掛けているのは、「実績」を切り札に着実にリードを広げているヒラリーに対して、自らにも指導者たる力量があるところを示そうとする狙いからだろう。加えて、対話路線の強調などは、オバマの「売り」である「変化」をも重ね併せようとする欲張りな側面も感じられる。

しかし、オバマの一連の発言は、かえってその力量に疑問符が付きかねないリスクがある。既にヒラリーに批判されている独裁者との対話もさることながら、パキスタンへの強硬姿勢に関しても、同国の政情不安を招きかねないとの批判がある(Brookes, Peter, "BARACK'S BLUNDER", New York Post, August 2, 2007)。また、ハト派とタカ派の混在は、オバマの反イラク戦争路線を支持している勢力を戸惑わせている(Richter, ibid)。外交評議会のMax Bootなどは、「対話問題での失地回復を狙ったのかもしれないが、墓穴を掘ってしまったら、先ずは穴を掘るのを止めるのが先決だ」と手厳しい(Horrigan, Marie, "Obama's Foreign Policy Speech Leaves Room for Dabate", CQPolitics, August 1, 2007)。

さらに状況を複雑にさせたのが、第三の出来事である。8月2日に行われたAP通信とのインタビューでオバマは、ビン・ラディンの掃討には核兵器を使用しないと明言した。核兵器には抑止力としての側面があるため、歴代の米国の指導者は、その使用基準を敢えて曖昧にしてきた。すかさずヒラリーは、「仮定の質問には答えるべきではない」という大人の発言で、オバマを牽制している(Luo, Michael, "Nuclear Weapons Comment Puts Obama on the Defensive", New York Times, August 3, 2007)。

オバマ陣営は、一連の発言はオバマが大胆な決断を下せることの現れであり、ヒラリーに代表される「ワシントンの常識」こそが時代遅れなのだとして、あくまでも強気の態度を貫いている。また、個別のスタンスに関しては「(対話路線について)諸外国の期待という点では明白にオバマの勝ち...ヒラリーの回答は振付けられていなかったまれに見る失敗(ブルームバーグのアルバート・ハント(Hunt, Albert R., "`Rock Star' Obama in Harmony With U.S. Allies", Bloomberg, August 6, 2007))」「(核兵器を使わないというのは)明らかに正しい解答(ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン(Kornblut, Anne E., "Clinton Demurs On Obama's Nuclear Stance", Washington Post, August 3, 2007)」等と評価する向きもある。しかし、核に関する発言を取り消そうとするなど、どこまで計算づくなのかという点には疑問が残る。もしかすると、きちんと振りつけられていたのは、第二の発言だけかもしれないとすら思えてしまう。

仮に一連の発言がオバマの「大胆さ」の現れであったとして、果たしてそれが有権者の嗜好にあっているのかという視点も見逃せない。Roll CallのMort Kondrackeは、オバマの発言を「外交経験のないテキサス州知事の発言のように聞こえる」と指摘する(Kondracke, Mort, "Obama's Foreign Vision Is Exciting -- And Also Naive", Roll Call, August 2, 2007)。広範なアジェンダを展開するのは結構だが、そこには優先順位や限界・困難さ、さらには慎み深さといった感覚がなく、傲慢さと経験のなさが染み出している。とくに「対話すれば説き伏せられる」という主張には、ブッシュ大統領につながる傲慢さが感じられるというのだ。大胆という意味ではケネディ大統領を髣髴とさせる面もあるが、そのケネディの思い上がりがキューバ危機を招いた。今の米国民に必要なのは、危機を回避できる経験の持ち主ではないのだろうか?

対照的に際立つのはヒラリーの落ち着きである。既に述べたように、ヒラリーは2つの出来事ではオバマを批判したが、パキスタンについては発言を控えている。結果的にヒラリーは、自身の外交政策の選択肢を一切失っていない。大胆さには欠けるが、「大人の対応」に映るのは事実だろう。

ヒラリーとオバマの支持率は、ここ数週間でジリジリと開いている。今の局面でヒラリーにとって大切なのは、明らかなトップ・ランナーであるという印象を有権者に植え付けることであって、無用な冒険は必要ではないという判断は可能である。仕掛けなければいけないとすれば、オバマの方だ。オバマの「大胆さ」が有権者を振り向かせられるのか、それとも観音様の掌中で踊る孫悟空と映るのか。お手並み拝見である。

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