2007/08/15

ローブの松明を受け継ぐのはヒラリー?

余りに暑い日が続くので、こちらも暑苦しくカール・ローブ論を続けたい。ローブの後世への影響力を測る一つのメルクマールは、2008年選挙への影響力である。その点では、ローブにもっとも近い選挙戦を展開しているのは、意外にも民主党の候補者であるようだ。

ほんの数年前までは、共和党の候補者はブッシュの御墨付きやローブの支援を喉から手が出るほど欲しがるだろうといわれていた。今回の辞任は、各陣営にとって千載一遇のチャンスともいえる。しかし現時点では、このチャンスを活かそうとする候補者は見当たらない。もちろん識者の中には、ローブの保守層へのアピールを引き合いに、早く手に入れた方が良いと指摘する向きもある(Crawford, Craig, "Rove Resignation Just in Time for GOP 2008 Hopefuls", CQ Politics.com, August 13, 2007)。しかし、ブッシュ大統領の不人気を考えれば、その象徴ともいえるローブから距離を置こうとするのは、決して不思議な動きではない。

但し、ローブの選挙戦略自身が否定されるべきものなのかどうかは議論の余地がある。たしかに浮動票よりも基本的な支持者の動員を重視する戦略は、2006年の選挙では役に立たなかった。ブッシュ政権の2期目には、肝心の「基本的な支持者」が減っているという事実もある(Nagourney, Adam, "Rove Legacy Laden With Protégés", New York Times, August 14, 2007)。しかし、無党派層が大きく動いたのは1994年以来であり、10年に一度起きるかどうかの稀な事態だというのも、これまた事実である。

むしろ保守派重視路線の問題は、政策実現能力を著しく損ねた点にある(Green, Joshua, "The Rove Presidency", The Atlantic, September 2007)。党派対立の色彩を強めるのは、選挙戦略としては有効だが、議会で物事を進めるのには向いていない。政策論では歩み寄れる余地がある論点でも、政治的な気運が整わなければ、妥協は実現しない。ローブの世界では、政策運営さえも、次の選挙で勝つための道具に過ぎない。それが透けて見えているのに、どうして民主党が歩み寄って来るだろうか。年金改革が好例である。結果的にブッシュ政権は、選挙での勝利を政策の変更という結果につなげられなかった。このことは、ブッシュ政権の本質的な欠陥である。ローブ無き後のブッシュ政権で、ワシントンでの経験を積んだ実務家が主役になっていきそうなのは、遅きに失したやむを得ない流れなのかもしれない(Rutenberg, Jim and Steven Lee Myers, "With Rove’s Departure, a New Era", New York Times, August 15, 2007)。

一方で、選挙の進め方という点では、ローブと見紛うような戦い方をしている候補者がいる。誰あろう、ヒラリー・クリントンである。Washington Post(Baker, Peter, "The Rove Legacy", Washington Post, August 15, 2007)、New York Times(Nagourney, ibid)の二大紙は、ローブの辞任を伝える記事のなかで、その遺産はヒラリー陣営に引き継がれたという見方を紹介している。またPolitico紙も、ローブの辞任に先立って、両者の類似点を取り上げている(Wilner, Elizabeth, "Clinton emulates Bush campaign tactics", Politico, August 10, 2007)。

具体的には何が似ているのか。例えば、女性であるにもかかわらず、軍事での強さを重視するのは、弱さを強さに変えるブッシュ流の戦法だ。また、あらゆる機会を捉えて相手候補を徹底的に攻撃するのも、選挙戦での「パウエル・ドクトリン(Mark McKinnon)」とでも呼ぶべきブッシュ=ローブの戦い方である。さらに、予備選挙の早い段階から「圧倒的な勝者」というイメージを作り出そうとする点も、2000年のブッシュ陣営にダブってくる。

なかでも両者に特徴的なのは、病的なまでのメッセージの統一性へのこだわり(Nicole Wallace)であり、スタッフの忠誠を重視して、決してリークを許さない鉄の規律である。Hilarylandと呼ばれる、主に女性スタッフで構成されたヒラリーのインナーサークルの結束の固さは、しばしばメディアでも話題になっている(Cottle, Michelle, "Hillary Control", New York Magazine, August 13, 2007)。このように忠誠心の高いスタッフ集団には、選挙活動の不必要な混乱を避けられるという利点がある。民主党の過去の候補者が、ともすれば内紛に襲われがちだったのとは対照的だ。偏った意見しか聞かれなくなるという批判もあるが、2000年のゴア陣営で戦略を担っていたCarter Eskewは、たいていの場合には選挙戦の問題は船頭が多すぎる点にあると主張する。

むしろ「ブッシュ型」のチームが問題になるのは、当選した後の「統治」の段階にある。リークを許さない政権は、得てして秘密主義に陥りがちであり、政策過程がみえ難くなりやすい。そして、グループ思考の弊害、「裸の王様」、「バブルに覆われた政権」といった危険性が高まるのも、実際の政権運営に移ってからである。ローブの本当の罪が政策実現能力の毀損にあるように、Hilarylandの功罪が問われるのも、大統領選挙での勝利という第一の関門を抜けた後なのかもしれない。

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