2007/09/26

前哨戦としてのSCHIP論争

大統領選挙の大きな争点になりつつある医療保険改革。その前哨戦が米議会で山場を迎えている。

俎上に上っているのは、低所得層の子供を対象とした公的保険であるSCHIP。9月末で期限が切れるこのプログラムの延長を巡って、議会民主党とブッシュ政権が対立している。民主党側は、現行の5年間で250億ドルの予算を600億ドルにまで増額し、660万人の加入者を1000万人にまで拡大すべきだと主張する。これに対してブッシュ政権は、同300億ドルまでの増額しか認めない方針で、拒否権の発動を示唆している。25日に下院で行われた採決では、民主党案が賛成265票で可決されたものの、拒否権を覆せるだけの賛成は得られなかった(Pear, Robert, "House Passes Children’s Insurance Measure", New York Times, September 26, 2007)。

SCHIPは、ブッシュ政権が民主党との戦場に選ぶには、やや奇異なプログラムである。SCHIPは子供の無保険者を減らすという目的を達成しており、実際の運営を担当する州政府の評価も良好である。1997年に同制度はクリントン政権と共和党議会の下で成立しており、ハッチ上院議員など共和党にも支持者は少なくない(Dionne Jr., E. J., "The Right Fight for Democrats", Washington Post, September 25, 2007)。何よりも、「子供のためのプログラム」は絵になりやすく、世論の支持を集め易い(Milbank, Dana, "A Bill That Everyone Can Love -- or Else", Washington Post, September 26, 2007)。すかさず民主党は、SCHIPに加入している子供を記者会見に引っ張り出して、「この子のために」というアピールを展開した。

ブッシュ案の水準では、100万人の現受給者が賄えなくなるといわれる(Dionne Jr., Ibid)。それでなくても、法案審議が滞り、9月末に制度が期限切れになってしまえば、12の州で制度の存続が危うくなるという(Pear, Robert and Carl Hulse, "Congress Set for Veto Fight on Child Health Care", New York Times, September 25, 2007)。このためホワイトハウスは、州政府に危機対応プランを作成するよう呼び掛けているというが、来年に選挙を控える共和党議員からは、大統領に再考を求める声も聞かれる。下院の投票でも、45人の共和党議員が民主党案に賛成票を投じている。

なぜブッシュ政権は、そこまでのリスクを犯してまで、民主党案に反対するのか。それは政権がこの問題を、政府のあり方に関する根本的な哲学の問題として位置付けているからだ。ブッシュ大統領は、民主党案は「全ての米国人に公的保険を適用するというゴールに向けたステップの一つだ」と批判する(Pear et al, ibid)。歳出拡大の財源が増税(タバコ税)なのも政権の思考とは相容れない。むしろ現状でもSCHIPは加入基準が緩められすぎており、「貧しい家庭の子ども」という当初のターゲットに立ち戻るべきだというのが、ブッシュ政権の主張だ。共和党にとってこの問題は、「医療の社会化」を巡る代理戦争であり(Milbank, ibid)、金額では譲歩の余地があるにしても、「肝心なのは政策であり、哲学の問題(レビット厚生大臣)」なのである(Lee, Christopher, "Senate and House Reach Accord on Health Insurance for Children", Washington Post, September 22, 2007)。

SCHIPのような由来としては超党派の支持を得られる素地がある政策が、ここまで論争の的になってしまうというのは、医療保険制度というのが、両党の哲学を分ける象徴的な問題になっていることの表れであろう。その一方で、イデオロギー的な対立が余りに先行した場合には、「事実」に基づいた議論によって、党派対立に歯止めがかけられる余地が出て来るような気がする。例えば、ブッシュ政権はSCHIPの対象を貧困ラインの200%以下に限定すべきだと考えている。しかし、昨年増加した子どもの無保険者(71万人)のうち、その約半数が貧困ライン200~399%の家庭の子どもだったという(editorial, "Gunfight at the S-Chip Corral", New York Times, September 25, 2007)。

ところで、SCHIPに関しては、その審議プロセス自体が、昨今の党派対立の高まりを象徴している。問題の法案は、両院協議会での審議を経ていないのである(Hulse, Carl, "In Conference: Process Undone by Partisanship", New York Times, September 26, 2007)。両院協議会は、上下両院で異なった内容の法案が可決された場合に、両院・両党の有力者が集まって、法案内容の調整を行う場であり、米国の議会審議プロセスにおいて重要な役割を果たしてきた経緯がある。両院協議会の結論(Conference Report)は、本会議での修正が認められないために、法案の内容を最終的に決定する力を持っていた。また、その開催には両党指導部の合意が必要だったので、少数党にも一定の発言の機会が与えられていた。ところが、党派対立が厳しくなるに連れて、最近の議会では両院協議会が機能しなくなってきた。多数党は内輪だけで内密に法案内容の調整を行うようになり、少数党は審議妨害のために両院協議会の開催を妨げるようになってしまった。当初民主党議会は、共和党のやり方を改めて、オープンな両院協議会を開催する方針を示していたが、共和党の妨害工作が目立つようになるに連れ、両院協議会を迂回するようになったという。SCHIPでも、まずは共和党が民主党による両院協議会開催の呼びかけを断った(Wayne, Alex, "Chldren's Health Insurance Bill Dealt a Setback as Sept.30 Deadline Looms", CQ Today, September 4, 2007)。そして民主党は同調しそうな一部の共和党議員(グラスリー上院議員やハッチ上院議員)だけを招いて、最終的な法案内容を固めてしまった。SCIP以外にも、ロビイング改革法やFDA改革法、さらにはエネルギー法案などが同様の道筋をたどりそうである。

両院協議会はお飾りに過ぎないという意見もある。学費ローン法の両院協議会に参加しようとした或る議員は、開催場所を探すのに四苦八苦した上に、肝心の会合では参加者が誰も主題である法案の実物を持っていないことを発見した、なんていう話もある(George, Libby, "Why Show Up? Just Wait, and Then Complain", CQ Today September 5, 2007)。

それにしても、いつまでもこんな対立状況が続くものだろうか。有権者の問題意識が集中する医療保険の問題は、一見すると対立の構図をさらに深める要素のようだが、対立が行き詰まる分岐点になる可能性も否定できないような気がする。

2007/09/25

オバマの税制改革案(補足)

更新できない日が続いて申し訳ありません。そうこうしているうちに、議会民主党はイラク戦争に関する投票にまたしても失敗し、GMはストに入ってしまいました。米国への赴任を挟んだ向こう1~2ヶ月は、イレギュラーな更新にならざるを得なさそうです。ご了承下さい。

本日は、純然たる備忘録。オバマの税制改革案の中で批判されている、クリントン政権の年金税制改革についてである。米国は、一定の課税所得以上の世帯に対して、公的年金給付金の一部を課税所得に加えるよう求めている。93年の改革以前の仕組みでは、課税所得が単身世帯で25000ドル、既婚世帯で32000ドルを超える場合に、年金給付金の50%か所得上限超過分の50%の低い方を課税所得に加えなければならなかった。93年の改革では、これに上乗せする形で、課税所得が単身世帯で34000ドル、既婚世帯で44000ドルを超える場合に、年金給付金の80%を課税所得に加えることとされた。この改革による税収増は5年間で250億ドル弱で、メディケアの財源に割り当てられている。

当時の増税は、一般に高額所得層増税だと論じられていた。しかし、いわれて見れば、年収3~4万ドルを高額所得層というのには無理があるかも知れない。その一方で、高齢化による財政事情の悪化が予想される中で、敢えてこの税目を持って来るオバマの考えも、今一つ理解しにくい。年金や医療保険財政に関する提案が目立たないだけに、なおさら「高齢者の味方」と「クリントン批判」を相乗りさせただけの、安易な提案にすら思えてしまう。

なお、以上の情報は議会税制合同委員会の当時の立法資料を参考にした。議会予算局と併せて、最近では随分昔の資料までもがネット上に公開されている。何とも便利な世の中になったものである。

2007/09/20

不可思議なロムニーのヒラリーケア批判

ヒラリーの医療保険改革案は、共和党陣営から厳しい批判を浴びている。そのこと自体には何の不思議もないが、違和感を覚えざるを得ないのは、なかでも一際厳しい批判を展開したのがロムニーだった点である。ヒラリーの改革案とロムニーが州知事時代に実現したマサチューセッツ州の医療保険改革には、類似点があるからだ。

ロムニーのヒラリー批判は念の入り用が違う。ヒラリーによる発表の当日には、具体的な提案が明らかになる前に、ニューヨークの病院側の路上からいち早く非難声明を発表(Wangsness, Lisa, "In ways, Clinton healthcare plan resembles Romney's Mass. solution", Boston Globe, September 18, 2007)。こともあろうにジュリアーニの名前を冠した施設のある病院で、「断りもなしに…」と病院に非難声明を出されてしまったというしょうもないオチがあったが、ともあれヒラリー案はa European-style socialized medicine planに過ぎず、ヒラリーケア2.0は1.0と同じように失敗策だとこき下ろして見せた(Luo, Michael, "Clinton’s Rivals Blast Health Care Plan", New York Times, September 17, 2007)。さらにマサチューセッツの改革と似ているという評価を気にしてか、20日のウォール・ストリート・ジャーナルには、「マサチューセッツの改革とヒラリーケアは全くの別物」とする一文を寄稿している(Romney, Mitt, "Where HillaryCare Goes Wrong", Wall Street Journal, September 20, 2007)。

ロムニーが指摘するヒラリーケアとマサチューセッツの改革の違いは、次のようなものだ。第一に、ヒラリーケアは増税(ブッシュ減税の一部失効)が前提だが、マサチューセッツは違う。第二に、ヒラリーケアでは無保険者用に公的保険が拡充されるが、マサチューセッツでは民間保険の選択肢を増やした。第三に、ヒラリーは全国単一のシステムを押し付けようとしており、州独自の改革とは対極だ。第四に、ヒラリーは新しい公的保険を作り出して政府の役割を著しく拡大しようとしているが、マサチューセッツは規制緩和を重視した。第五に、規制緩和による保険料引き下げが、義務付けの前提にあるべきだ。

もっともロムニーの「言い掛かり」に反論するのは、それほど難しくない。マサチューセッツでは連邦政府からの補助金を利用したわけだが、それは政府の赤字であって、ファイナンスしようと思えば、増税が必要になる。マサチューセッツでも、メディケイド(公的保険)の拡充が試みられているし、新しい保険市場は公的に管理されている(ヒラリーは新しい政府機関は作らないとしている)。州改革重視論にしても、最終的には最良の改革への収斂が想定されているわけだから、それがマサチューセッツ型だったということならば、それはそれで良いのではないか。

何よりも見逃せないのは、語られていない二つの類似点である。第一は、ヒラリーもマサチューセッツも、無保険者の解消を目的にしているという事実である。第二は、その裏返しともいえるが、いずれの改革も、個人への保険加入義務付けを盛り込んでいることだ。ロムニーが何と言おうと、ヒラリー案への全面的な反論は、自らが携わったマサチューセッツ改革からの離反に外ならない。ロムニーはヒラリー案では義務付けの前提条件が整っていないというが、自分が義務付け自体を目指すかどうかは曖昧だ。

実際のところ、既にロムニーが提案している医療保険改革案は、共和党のラインに見事に沿った内容である。2004年の大統領選挙では、民主党のケリーが、イラク戦費に関して「賛成する前に反対した」と発言して嘲笑された敢えてマサチューセッツの改革を擁護するロムニーの姿勢には、同じような不可思議な変わり身を感じてしまう。何よりも、このまま共通項を否定し続けるようであれば、ロムニー政権下で超党派の医療保険改革が進む可能性は薄くなる。両者の距離が実は近いことは、決して米国にとって不幸なことではないと思うのだが、どうだろうか。

2007/09/19

続く政策提案:オバマの税制改革案

今週は大型の政策提案が集中している。ヒラリーの医療保険改革案に続いて、18日にオバマが税制改革案を発表した(Zeleny, Jeff, "Obama Proposes Tax Cuts for Middle Class and Elderly", New York Times, September 19, 2007)。中間層以下を主眼とした、年間800~850億ドル規模の減税という触れ込みだから、それなりの大きさである。

詳細はココをご覧頂くとして、主要な減税項目は3つである。第一は勤労家族を対象とした還付可能な税額控除の新設。家族当たり1000ドルまでの控除によって、8100ドルまでの所得に対する所得税が相殺されるという。第二は、モーゲージを対象にした税額控除の拡充。アイテマイズしなくても(簡易申告でも)、利子に対する10%の還付可能な控除を受けられるようにする。第三は、年収5万ドル未満の高齢者に対する所得税(公的年金の課税分を含む)を廃止する。この他にも、納税手続きの簡素化といった提案も盛り込まれた。

もっとも、厳密にいえばオバマの税制改革案は「減税」ではない。他の税目による財源確保が見込まれているからだ。赤字減税を排除したことで、リベラル派の積極財政とは一線を画した格好である。むしろ、税負担の変更というのが正しい形容だろう。

具体的な増税策としては、まず法人税の抜け穴塞ぎと、タックス・ヘブン対策という、いわばお決まりの提案がある。また、ファンド課税の強化策として議論されている、キャリード・インタレスト課税も盛り込まれた。当初はオバマは後ろ向きだった提案である。さらに、ブッシュ減税の関連では、配当課税とキャピタル・ゲイン税の最高税率引き上げ(20~28%)が謳われている。取り敢えず、税制としての評価は保留するとして、政治的には、企業・金持ちの負担で一般国民の税負担を軽減する(しかも住宅や高齢者にも配慮して)という、メッセージとしては分かりやすい提案である。これが民主党の雰囲気だというのも納得的だろう。

おやっと思ったのは、高齢者減税のくだりで、「93年の税制改革が高齢者の年金収入に対する税負担を増した」という批判が出て来ることだ。この改革は、クリントン大統領が財政再建への足掛かりを作ったOBRA93の一部である。民主党系の識者では、OBRA93は勇気ある財政再建策として評価されやすい。敢えてその一部を批判するオバマの真意はどこにあるのだろうか。変なライバル意識だとしたら幻滅ではあるが、興味深いところである。

2007/09/18

ヒラリーの医療保険改革案、いよいよ。

転居の準備が第一の山場を迎えつつあるので、暫くは備忘録のようなポスティングが増えるかも知れない。今の心境は、他人のサブプライムより自分の借家、ファンド課税強化より自分の確定申告である。何せ、前回米国に渡ったのは10年前。なかなかどうして一筋縄ではいかない。いっそのこと、顛末を記した新しいページでも立ち上げようかと思ってしまう。

9月17日にヒラリーが待望の医療保険改革案を発表した(Healy, Patrick and Robin Toner, "Wary of Past, Clinton Unveils a Health Plan", New York Times, September 18, 2007)。医療コスト削減、医療の質の向上に続く第三段は、国民皆保険制に向けた総仕上げの改革案である。詳細はココをご覧頂きたい。

このページをフォローして下さっている方には耳タコだと思うが、現行のハイブリッドな医療制度を基本に皆保険制を実現するための鍵は、「義務付け」にある。ヒラリーの提案では、個人に保険加入が義務付けられた。民主党の候補者ではエドワーズと同じ立場であり、義務付けを回避したオバマとは一線を画した。また、ヒラリーの提案では、企業側についても、大企業に関しては、従業員への医療保険提供か公的制度への費用負担を迫られる(Play or Pay)。

注目されるのは、90年代にヒラリーが主導した改革案(ヒラリーケア)との違いだ。共和党陣営は、前回の改革の記憶を呼び覚まし、「医療の社会化」に外ならないと批判しようと手ぐすねをひいている。ヒラリーは一体何を学んだのか。

ヒラリーのアドバイザーの一人であるジーン・スパーリングは、少なくとも3つの相違点があると指摘する(Kornblut, Anne E. and Perry Bacon, "Clinton Unveils Health Care Plan", Washington Post, September 17, 2007)。第一に、以前の提案では個人・企業は地域アライアンスという官製市場への参加が義務付けられた。今回は選択の余地が広く、現行のカバレッジ維持も可能である。第二に、制度全体を統括する公的な意思決定機関は創設されない。第三に、前回は企業への義務付けが特徴だったが、今回は中小企業についてはむしろ保険提供の支援策が盛り込まれた。総じていえば、「選択」を強調し、国の介入を控え目なものに止めようとしたという印象である。何しろ、改革案の名称からして、Amercan Health Choices Planである。

ところで日本では、マイケル・ムーアの新作「シッコ」を引き合いに、「米国型に近付くような改革」に警鐘を鳴らす向きが目立つ。しかし、あの映画は米国が敢えて対局にあるキューバを持ってきたところに意味がある。日本は比較でいえばキューバ寄りにあるわけで、学びとるべきことは自ずと違うはずだ。危機に瀕しているのは、何も米国型の医療保険制度だけではない。高齢化が進む中で、医療システムのファイナンスを維持する知恵が求められている点で、日米に違いはない。そして、国民的な議論が始まろうとしている米国は、少なくともその深淵を覗きこもうとしているのである。

2007/09/14

Sentimental Street:イラク部分撤退とオバマの焦躁

安倍首相辞任ですっかり霞んでしまったが、今週の米国では大きな行事があった。ブッシュ政権によるイラク増派の報告である。一か月近くに亘った事前広報、ブッシュ大統領のイラク電撃訪問、10~11日のペトロース司令官・クロッカー大使の議会証言に続いて、13日には大統領自らがテレビ演説を行なった。

明確になってきたのは、関係者の思惑はともかく、いよいよ部分撤退が開始されそうになってきたという事実である。ブッシュ大統領は、ペトロース司令官の進言通り、来年夏までに増派分の兵力を撤退させる方針を発表した。シナリオどおりに進めば、今月の海兵隊を皮切りに、今年のクリスマスまでにまずは5,700人の兵力削減が実現する(McKinnon, John D., "Bush Sees 'Enduring' Iraq Role", Wall Street Journal, September 13, 2007)。

表向きは完全撤退までのスケジュール作成を主張する民主党も、現実には部分的撤退を認めざるを得ない状況にある。議会民主党は共和党のフィリバスターや大統領拒否権を覆すだけの票がない。撤退スケジュールの加速や、攻撃からサポートへの役割転換で、共和党議員の切り崩しを狙うのが関の山だ。さらにいえば、こうした内容はブッシュ政権に先取りされる可能性もある。政権は来年3月にペトロース司令官等を再度召集して、一層の兵力削減が可能かを検討するとしている。

自分が大統領になった時のことを考えれば、民主党の大統領候補も過大な約束はしたくない。ギャロップ社が9月に行った世論調査では、6割が米軍撤退を支持しているものの、7割近くは「米国は完全撤退の前にイラクに一定の安定と安全を確保する義務がある」とも答えている。何でも良いから退けば良いというわけではないのである。だからこそ、オバマやヒラリーは、大統領案は「形だけの撤退」だと批判はしても、完全撤退を要求しているわけではない(Issenberg, Sasha and Marcella Bombardieri, "In senatorial role, a chance to take spotlight on war", Boston Globe, September 12, 2007)。

例えばオバマは9月12日にアイオワで演説を行ない、2008年末までの「攻撃部隊の撤退」を主張した。一見すると大胆な提案だが、反戦派には攻撃部隊以外がイラクに残るという点を捉えられて、完全撤退をあきらめたという厳しい批判を浴びた(Zeleny, Jeff and Michael R. Gordon, "Obama Offers Most Extensive Plan Yet for Winding Down War", New York Times, September 13, 2007)。また、オバマは撤退期限を定めない予算にも、断固反対という立場も示していない(Greenberger, Jonathan, "Obama: Will he or won’t he support compromise?", ABC News, September 13, 2007)。エドワーズなどは、オバマの提案はブッシュ案に類似していると指摘する(Greenberger, Jonathan, "Obama Slams Clinton on Iraq", ABC News, September 12, 2007)。前提次第だが、「毎月1~2部隊の撤退を即座に始める」という提案も、10月から4000人規模の部隊を1つずつ撤退させるのであれば、来年7月時点での削減数は4万人となり、大統領案(3万人)と大差はない。

オバマの視線は、イラクでの戦争というよりも、選挙での戦いに向いているのかもしれない。オバマはペトロース司令官等の公聴会で、スタッフがイラク政策に関するヒラリーとの立場の違いをまとめた資料を読み耽っているところを目撃されている(Milbank, Dana, "Enough About Iraq -- Let's Talk About Me", Washington Post, September 12, 2007)。アイオワでの演説も、名指しこそしなかったものの、開戦を許した「ワシントンの常識」を殊更に批判し、当初から戦争に反対してきた自らの立場を強調している。

しかし、こうしたオバマの戦略が功を奏すとは限らない。ロサンゼルス・タイムスとブルームバーグがアイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナという予備選の序盤州で行なった世論調査によれば、イラク問題はかえってヒラリーの強みになっている節がある。例えばニューハンプシャーでは、「米軍撤退をできるだけ早く始めるべきだ」と考える民主党支持者の36%がヒラリーを支持している。オバマ支持は14%、エドワーズ支持は12%だ。撤退指向の民主党支持者が、もっともタカ派のヒラリーを推すというパラドックスが生じているのである(Wallsten, Peter, "Clinton appeals to antiwar Democrats", Los Angels Times, September 13, 2007)。

理由はイラク戦争に変化をもたらせる能力への期待にある。アイオワでは33%、ニューハンプシャーでは32%、サウスカロライナでは36%が、「イラク戦争を終わらせるのに最適な候補」にヒラリーを上げている。民主党支持者にしてみれば、米軍撤退を目指すという点で、いずれの民主党候補者の提案も許容範囲内にある。「実力が伴わなければ、変化を主張しても仕方がない」というヒラリーの論法が受け入れられた格好だ。オバマなどは開戦に賛成したヒラリーの経歴を批判するが、有権者にとって大切なのは過去ではなく将来なのである。

オバマはサブプライム問題でも、わざわざロビイストの影響力と絡ませて、ヒラリー批判につなげようとしている。ヒラリーの優位が揺らがないなかで、オバマ陣営には焦りもあるだろう。

前述のオバマのアイオワでの演説は、クリントンという街で行われた。どのような狙いがあったのかは分からないが、オバマの選挙戦に落とすヒラリーの濃厚な影を感じてしまった。

2007/09/12

Lonely at the Top

いくら米国オタクのサイトだと言っても、さすがに自分の国の総理大臣が突如辞任するとなると、「彼の国」の選挙を語るのは辛くなる。週刊誌に出しておいた原稿も飛んでしまったしなあ…徹夜で紙面を組みなおしている編集の皆様、ご苦労様です。このページも用意していた今日のネタはとりあえず飛ばしておこう。

米国ウォッチャーの切り口で今回の事態を解説するのは少々難儀する。何となれば、総理が追い込まれた状況は、参院選敗北の時点と大筋では変わらないからだ。イデオロギー優先と経済実感・運営能力の乖離という両国リーダーの類似点は、既に提示済みである。

敢えていえば、変わったのは唐突な身の引き方の一点だろう。その点では、レイム・ダックという状況が成り立ち難い日本と、ぼろぼろになっても大統領が独り立ち続ける米国という対比は鮮明だ。クリントンにしてもブッシュにしても、就任当初と末期を見比べると、一目で疲労が見て取れるほど外見が変わってしまっている。「年を取った」というだけではない、明らかな変化だ。

観客が立ち去っても、大統領は演じ続ける。だからこそ米国民は、4年に1度の選択の機会に真剣に向き合わなければならない。気持ちを入れ替えて、その覚悟を見届けたい。

ところで安倍首相は1954年9月21日生まれ。米国ならばぎりぎりジョーンズ世代ですね。国が違えば世代の特質も違うのでしょうが...

2007/09/11

When you come to a fork in the road, Take It !

気がつけば9月11日です。6年前の今日、当時働いていたニューヨークであの事件に巻き込まれなかったのは、今でも上手く説明できない本当の偶然でした。

そして、もう数ヶ月すると、何の因果かもう一度あの街に戻ることになります。仕事は変わりませんし、このページからの情報発信は続けていくつもりです。引越し等もあるので、しばらくは更新が乱れがちになるかもしれませんが。。。

本当は何の告知もせずに、いきなりNYから更新するのが格好良いかなあとも思っていたのですが、そうこうするうちに9-11が巡ってきたのも何かの縁のような気がします。

タイトルに掲げた敬愛するヨギ・ベラの名言に従って、とにもかくにも挑戦です。

デミ・ムーアとオバマ、ケルアックとマケイン

オバマがなぜこのタイミングでの出馬を選んだのか。以前は政治的なタイミングにかけた大胆な決断という見方を紹介したが、オバマが属する世代の特性という解釈もできそうだ。

以前に触れたように、ヒラリーに対するオバマのセールスポイントの一つは世代の違いである。現在の党派対立の根源は60年代にあり、これを超えられるのはこの時代にはまだ幼かったオバマだけだという主張である。このサイトの論法が典型的だが、こうした議論はそれなりに魅力的である。

もっとも、こうした議論を取り上げる際に悩ましいのが世代の呼称である。米国では一般的に1946~64年生まれをベビーブーマーと呼ぶ。この定義に従うと、47年生まれのヒラリーも61年生まれのオバマも同じ世代になってしまう。最前列と最後尾という言い方はできるが、何となくパッとしない。

と思っていたら、ベビーブーマーの後ろの方だけを取り出した呼称があるらしい。同じ様な時代経験と特徴を持つというには、20年近くを一纏めにするのは行き過ぎというわけだ。ジョーンズ世代(Generation Jones)は、1954~65年生まれの世代を指す呼称。オバマは立派な一員である。

「ジョーンズ?」というのが多くの方の反応だろう。それらしい解説を紹介しよう(Pontell, Jonathan and J. Brad Coker, "Who elected Bush? 'Generation Jones'", Pittsburgh Post-Gazette, December 05, 2004)。ジョーンズというのは「欲しくてたまらない」という意味のスラングが語源だといわれる。60年代に幼少期を過ごしたこの世代は、戦後のアメリカの自信と豊かさに囲まれて、将来への大きな期待を育んだ。しかし、実際に社会に出た70年代から80年代前半は、必ずしも恵まれた世代ではなく、この世代は満たされず報われない喝防を抱えこんだ。だからこそ「欲しがりの世代」なのである。新しいガジェットに飛び付きやすいという特徴があり、ジョーンズ世代を狙った販売戦略は珍しくない。YouTubeやi-Tunesのユーザーも、3分の1がGeneration Jonesだという(Maciulis, Tony, "Keeping up with the Joneses", MSNBC, November 6, 2006)。

オバマとの関係で興味深いのは、ジョーンズ世代が置かれた現状に関する指摘である。この世代は、これまでの生き方を変える様な思い切った決断を下したくなっている。中年を迎えて、「今を逃せば後がない」という焦りが、「欲しがりの世代」を駆り立てているというのである。その一端は、経験不足がいわれるオバマだが、「欲しがり世代」の一員としては、いてもたってもいられなかったのかも知れない。

ちなみに、ジョーンズ世代の有名人といえば、80年代にBreakfast ClubやSt.Elmo's Fireなどで一世を風靡したBrat Packという俳優の一群がいる(Glenn, Joshua, "Generation Obama vs. the Boomers", Boston Globe, February 20, 2007)。要するに(?)、オバマはデミ・ムーア(62年)と同じ世代なのである。その他にも、例えばFast Times at Ridgemont Highに出ていた、ショーン・ペン(60年)やフィービー・ケイツ(63年)、フォレスト・ウィテカー(61年)もGeneration Jonesである。なんとなく雰囲気はお分かりだろうか?

ついでに有力候補の世代を整理しておこう。

○サイレント・ジェネレーション(1925~45年生まれ)
ジョン・マケイン(36年8月29日生まれ=ビート世代・25~41年生まれ)
フレッド・トンプソン(42年8月19日生まれ)
ルディ・ジュリアーニ(44年5月28日生まれ)

○ベビー・ブーマー(1946~64年生まれ)
ミット・ロムニー(47年3月12日生まれ)
ヒラリー・クリントン(47年10月26日生まれ)
ジョン・エドワーズ(53年6月10日生まれ)
バラク・オバマ(61年8月4日生まれ=ジョーンズ世代:54~65年生まれ)

全般的に共和党世代の古さが目立つが、発見だったのがマケインである。サイレント・ジェネレーションの一員に数えられるマケインだが、実は彼の世代には、ビート・ジェネレーション(Beat Generation)という呼称もあるのだ。ケルアックやギンズバーグとマケインというのは、不思議としっくりくるような気がするのは自分だけだろうか(だろうな...)。この期に及んでマケインに魅力を感じてしまう理由が分かった気がする。

2007/09/10

上院議員選挙に吹く民主党への追い風

2008年といえば、専ら大統領選挙に焦点が当たりがちだが、忘れてはならないのが同日に行われる議会選挙の行方である。このうち上院では、民主党に有利な状況が出来上がりつつあるようである。

ポイントは改選議席数と引退議員の数にある。任期6年・議席総数100人の上院は、2年毎の選挙で3分の1ずつが改選になる。現在の議席数は民主党51・共和党49と拮抗しているが、個別の選挙における改選議席数には偏りが生じる。そして2008年は、共和党の方が圧倒的に改選議席が多い選挙なのである。具体的には、民主党の改選議席が12であるのに対して、共和党は22議席が改選対象。22議席のうち17議席は2004年にブッシュが勝った州だが、昨今の共和党の不調の前では、こうしたアドバンテージも影が薄い。

さらに共和党にとって頭が痛いのは、現職議員の引退である。米国の選挙は圧倒的に現職が有利であり、現職が自ら議席を守ろうとするのと、新人に議席を引き継がせようとするのでは、議席維持の難易度に雲泥の差がある。しかし、共和党への向かい風を嫌気してか、今回のサイクルでは、再選見送りを決める共和党議員が目立つ。最近では、9月8日に共和党のヘーゲル上院議員(ネブラスカ)のスタッフが、同議員が2008年の選挙で再選を目指さない意向を明らかにした(Herszenorn, David M., and Jeff Zeleny, "Hagel Will Retire From the Senate in 2009", New York Times, September 9, 2007)。この他にも共和党の現職上院議員では、バージニアのワーナー議員と、コロラドのアラード議員が既に引退の意向を明らかにしている。スキャンダルで辞職しそうなアイダホのクレイグ議員の議席はともかく、バージニアとコロラドは現職引退で民主党のチャンスが広がった。

民主党サイドの自信を示すように、リベラル系のニュー・リパブリック誌は、上院の見通しを次のように分析している(Judis, John B., "Red Dawn", New Republic, August 31, 2007)。まず民主党が議席を奪いそうなのが、コロラドとニューハンプシャー。コロラドは名門のウダル下院議員が出馬するし、ニューハンプシャーでは知名度の高いシャヒーン前州知事の動向が注目されている。ミネソタ、メイン、オレゴンにも可能性がある。前述のように、バージニアとネブラスカにも現職引退で芽が出てきた。バージニアでは大統領選挙への出馬を一時模索したマーク・ワーナー前知事(Craig, Tim, "Mark Warner Weighs His Options", Washington Post, September 9, 2007)、ネブラスカではボブ・ケリー元上院議員が出馬すれば、民主党にとって強力な候補者になる。サウスカロライナ、テキサス、アラスカは共和党の現職が問題含みなので、良い候補者が揃えられれば民主党にも望みがある。これに対して民主党の現有議席で真剣に危ないのはルイジアナだけで、これにサウスダコタ、ニュージャージーが続く程度。民主党の現有議席維持はほぼ確実で、59議席までの上積みもあるという。

贔屓目に過ぎるかもしれないが、議会選挙の重要性が見逃せないのは事実である。特に国内政策においては、米国の議会は非常に強い権限がある。議会多数党の行方は、新政権の政策運営にも大きな影響を与える。2008年に改選となる上院議員は、2002年に選ばれた議員達である。民主党が上院の多数党を失い、共和党による大統領・議会の完全制覇を許した選挙である。代わって2008年の選挙で完全制覇を狙うのは、民主党ということになるのだろうか。

2007/09/07

Bobos in the Buy American Mood

バイ・アメリカン運動といえば、かつての日米摩擦を彷彿とさせる言葉だが、最近では随分とその性格が変わっているようである。

ニューヨークタイムスが伝えるところによると、かつては工場労働者や保守的な愛国者の専売特許だったバイ・アメリカン運動が、最近では比較的裕福な都市部のインテリ層(デビッド・ブルックスのいうところのbobos:bourgeois bohemians)の間で流行しているようだ(Williams, Alex, "Love It? Check the Label", New York Times, September 6, 2007)。背景にあるのは、「罪を感じないで豊かな暮らしを送りたい」という思いだという。大量のエネルギーを使う輸入品の輸送は、地球温暖化に拍車をかける。中国の玩具に代表される輸入品の安全性も気掛かり。労働・環境基準の低い海外の工場を支援するのも気が進まない。そんな発想が、割高なプレミアムを払っても、メイド・イン・アメリカを買おうというインテリ層の動きにつながっている。これに呼応したビジネス界にも、敢えて高級ブランドのラインだけを米国内に残す動きがあるという。

興味深いのは、主に民主党支持者である「新バイ・アメリカ運動」の担い手が、かつては自由貿易を支持していたという事実だ。換言すれば、こうした人達こそが、クリントン政権の中道路線を支えていたのである。サーブを乗り回し、クライスラーのディーラーがどこにあるかも分からない。泊まるホテルはフォーシーズンズで、モーテル6なんて見たこともない。そんな人達がバイ・アメリカンに走っている。他方で、ウォルマートを愛用する「旧バイ・アメリカン」の支持者には、メイド・イン・アメリカは高嶺の花になろうとしている。

中国からの玩具の安全性に関する問題は、米国の大手玩具業者が連邦政府に安全性検査の統一基準を求める事態に発展している(Lipton, Eric and Louise Story, "Toy Makers Seek Standards for U.S. Safety", New York Times, September 7, 2007)。消費者の信頼を取り戻すためとはいえ、業界自ら規制強化を求めるというのはよほどのことである。

グローバリゼーションを支える米国の力学は、微妙な変化を遂げつつあるのかもしれない。

2007/09/05

Waiting for Petraus:強まる部分撤退の見通しとその意味合い

議会が再開された米国では、イラク政策を巡る論戦に向けた熱気が高まってきた。来週には、ペトロース司令官とクロッカー駐イラク大使による議会公聴会での証言や、待望(?)のブッシュ政権による現状報告の発表が予定されている。また、ブッシュ政権は2008年度のイラク戦費として、約500億ドルの補正予算を議会に要請する見込み。既に予算教書で申請されていた約1,500億ドルとあわせると、年間の戦費は約2,000億ドルに達する。これから10月8日のコロンバス・デー休会入りを一つの目安として、議会での論戦が盛り上がっていくとみられる。

苛烈な党派対立が噂される一方で、米国では一つのコンセンサスのようなものが出来上がってきているのも見逃せない。いずれにしても、来年春ごろにはある程度の駐イラク米軍の兵力削減が実現するだろうというのである。

鍵は米軍の体力にある。陸軍の海外派兵期間は、今年の4月11日に従来の12ヶ月から15ヶ月に延長されている(Bender, Bryan, "Army lengthens tours by 3 months", Boston Globe, April 12, 2007)。こうした措置は、現実には16ヶ月程度までの派兵期間の延長が行われていたり、これも定められている次の派兵までの1年間のインターバルを守れなくなっていたりしたことへの対応である。それでも、増派が今年の1月に始まっている(Karl, Jonathan, "Troop Surge Already Under Way", ABC News, January 10, 2007)ことを考えれば、ブッシュ政権は来年の春にはその先陣を帰国させなければならない。ケイシー陸軍参謀総長が指摘するように、増派の水準に兵力を維持できるのは来春までであり、自然体でいればその後は部分的な撤退は避けられない(Pessin, Al, "Army Chief Says US Can Sustain Surge in Iraq Until Spring", VOA News, August 14, 2007)。引き続き増派の水準維持は可能だという指摘もあるが、その場合には海兵隊などの派兵期間を延長する(海兵隊の派兵期間は7ヶ月、予備役・ナショナルガードは1年)等の対応が必要である(Schmitt, Gary J., and Thomas Donnelly, "Sustaining the Surge", Weekly Standard, September 10, 2007)。

この局面でブッシュ政権が最も避けたいのは、民主党に追い込まれた形での急速な兵力削減である。そうであれば、この自然体でも実現する「部分撤退」を上手く演出するのが得策といえる。すなわち、増派の成功によって部分的な撤退が可能になったと説明した上で、急速な兵力削減は事態の暗転を招くとして、民主党の攻勢を乗り切るという考え方である。実際に、こうしたラインの萌芽は既に見え始めている。ブッシュ大統領は、9月3日のイラク電撃訪問の際に、「(増派の)成功が続けば、現状よりも少ない米兵で同水準の治安を確保できるようになる」と延べ、駐イラク米軍削減の可能性を認めている。ただし、そのタイミングや規模についての言及はなく、自然体での増派終了以上のことは示唆していないとの見方も燻っている(Cloud, David S., and Steven Lee Myers, "Bush, in Iraq, Says Troop Reduction Is Possible", New York Times, September 4, 2007)。また、ケイシー陸軍参謀総長は、現行の16万2千人から2008年中に14万人程度までの削減であれば、現在の派兵期間を変える必要は生じず、また、相応の戦力を現地に残したいというブッシュ政権やペトロース司令官の要望にも合致すると述べている。そして同参謀総長は、向こう数年のうちには2万5千人程度までの削減も視野に入ってくるという立場をとる(Dreazen, Yochi J., "Discarded Troop Plan Gets a Second Look", Wall Street Journal, August 23, 2007)。さらに米議会には、ペトロース司令官自身が、向こう1~1年半で駐イラク米兵を半減させると提案するのではないかという見方すらある(Kiely, Kathy, "Lawmakers' Iraq visits reinforce opinions", USA Today, September 3, 2007)。

増派の成功が撤退につながるという説明は、来年に選挙を控える共和党の大統領候補者や議員にとっても好都合である。共和党の悩みは、無党派層が撤退に傾いている一方で、共和党支持者は相変わらずブッシュ政権のイラク政策を支持している点にある。しかし、増派と撤退を上手く結び付けられれば、こうしたジレンマからは開放される。実際に、既にそうした方向に舵を切っている候補者もいる。9月3日にロムニーは、増派の軍事的な成功によって、08年中に現地の安全を損ねずに米兵の撤退を進められる環境が整う可能性があると述べている(Stuart, Matt, "Romney sees '08 move to Iraq support role", ABC News, September 3, 2007)。

増派については、少なくとも軍事的な側面では、一定の治安の安定という成果をもたらしたという評価が少なくない。サブプライムや医療保険への関心の高まりもあり、戦争だけが有権者の関心事項というわけでもなくなっているともいわれ、急速な兵力削減を求める声がどこまで大きな流れになるかも読みにくい(Herszenhorn, David M., "Democrat Focuses on the Financial Toll", New York Times, September 3, 2007)。一方で、イラクの安定化には軍事・政治・経済の3本柱がそろう必要があるといわれる中で、政治・経済部分の立ち遅れは明白であり、イラク情勢の先行きが眼に見えて好転しているわけでもない。

兵力が緩やかに削減され始める見通しが強まってきた一方で、むしろ米軍の関与自体はずるずると続いてく可能性も高まっているのかもしれない。

2007/09/04

Electabilityという魔物

「当選可能性(Electability)」というのは面妖な言葉である。2004年の民主党予備選挙では、本選挙で勝てる候補を選びたいという有権者の思いがケリー勝利の原動力になった。2008年の予備選挙では、同じ「当選可能性」という言葉が、支持率ではトップをひた走るヒラリーにとっての障害になっている。

9月3日にエドワーズが2つの大きな労働組合の推薦を獲得した(Allen, Mike, "Edwards gets two big union labels", Politico, September 3, 2007)。United SteelworkersとUnited Mine Workersである。対するヒラリーもUnited Transportation UnionとInternational Association of Machinists and Aerospace Workersの支持は取り付けたものの、8日に推薦を正式発表する予定のUnited Brothers of Carpenters and Jointers of Americaと併せて、現時点ではエドワーズがもっとも多くの労働組合からの支持を得た民主党候補者となっている。AFL-CIOは8月8日に特定の推薦者決定を回避しており、傘下の55の労組は独自の推薦者表明が可能になっていた(Greenhouse, Steven, "A.F.L.-C.I.O. Decides Not to Endorse for Now, Freeing Unions to Do So", New York Times, August 9, 2007)。

注目されるのは、労組がエドワーズの推薦を決めた理由に、「当選可能性」を挙げていることである。United Steelworkersは、「全ての民主党候補はわれわれと価値観を共有しており、誰が当選しても今の政権と比べれば画期的に状況は改善する」としつつ、「いくつもの世論調査が、エドワーズこそが本選挙に勝てる可能性がもっとも高い候補であることを示している」と指摘している。

実は同じようなロジックは、8月28日に発表されたInternational Association of Fire Fightersによるドッド上院議員の推薦の時にもみられていた。ドッド上院議員は民主党候補の中では出遅れているが、IAFFは選挙の焦点となる中間層の票を取れる候補であるという理由で、その推薦を決めている(Holland, Jesse J., "Dodd, Clinton earn backing of unions", Miami Herald, August 28, 2007)。ちなみにIAFFは04年の選挙でいち早くケリー推薦を決め、低迷していた同候補が浮上するきっかけを作った労組である。

こうした労組の動きの背景にあるのは、反対者の多いヒラリーでは本選挙には勝てないという危惧である。このページでもかつて触れたことがあるように、確かにヒラリーに対する有権者の好みは分かれる。ギャロップ社が8月13~16日に実施した世論調査では、ヒラリーの印象を「好ましくない」とした割合が48%に達し、「好ましい(47%)」という回答を上回った。「好ましくない」とした割合は、エドワーズ(36%)、オバマ(29%)よりも断然高い。先ごろ辞任したカール・ローブ前大統領次席補佐官は、こうした有権者に嫌われる度合いの高さを引き合いに、ヒラリーは「重大な欠陥のある候補者」であると指摘する。また、このようにブッシュ政権や共和党関係者がことさらにヒラリーを攻撃するのも、ヒラリーであれば共和党支持者の反対運動が盛り上がるという思惑があってのことだともいわれる。そして、こうした有権者の意見の分裂が、ヒラリーでは本選挙に勝てないという見方を生む。大統領選挙の結果は、州ごとの勝負にかかってくる。ヒラリーには太平洋・大西洋岸に集中する民主党の地盤は固められても、それ以上には勝てる州を広げられないのではないか。

こうしたなかで、「本当のアメリカ」で勝てるという主張で、当選可能性をアピールしているのがエドワーズである(Kornblut, Anne E., "Pinning Hopes On Rural Voters", Washington Post, August 27, 2007)。エドワーズは、必ずしも恵まれない環境から成り上がってきたという実体験を武器に、田舎の米国人(rural American)・労働者階級から支持される候補者は自分だけだと主張する。実際に、民主党の憂慮候補の中で、南部出身で社会的に保守的な立場をとる白人・男性候補はエドワーズだけである。「田舎」は伝統的に共和党が強い地域だが、ブッシュ政権の不人気で共和党離れがいわれており、今回は民主党にもチャンスがある。他の候補者との兼ね合いから、「白人・男性」と明言しにくいのが悩ましいところだが、エドワーズには、オハイオ、バージニア、ネバダ、ミシガンといった地域で白人労働者の支持を集められるのは自分だという自負がある。また、エドワーズのアドバイザーであるデビッド・サンダースは、南部の田舎に住む白人男性票(Bubba)を取れるのがエドワーズの強みであり、彼であれば南部の3~5州を獲得できると主張している(Hagan, Joe, "q&a: david 'mudcat' saunders", Men's Vogue, June 2007)。

ニューヨーク・タイムスのデビッド・ブルックスの観察によれば、「本当のアメリカの代弁者」というセールス・ポイントを重視するエドワーズの戦略は、前回出馬した2004年の大統領選挙と変わらない。今から思うと隔世の感があるが、共和党の凋落がいわれる今日とは違い、当時は民主党の全般的な支持率の低下が指摘されていた。こうしたなかでエドワーズは、一般国民を見下ろすような民主党エスタブリッシュメントの態度こそが問題であり、民主党には米国のど真ん中から生まれた候補者が必要だと指摘していた。当時のブルックスは、計算ではなく「心」で有権者を捕らえようとするエドワーズに、かつてのクリントン大統領を重ね合わせていた(Brooks, David, "Rescuing the Democrats", New York Times, October 21, 2003)。時は移って2007年。今回の選挙でエドワーズは「左旋回」によってヒラリーやオバマに対峙しているといわれるが、ブルックスにいわせれば、具体的な政策面での発言こそ厚くなっているものの、エドワーズの基本的なラインは変わらない。それは、「庶民や労働者の気持ちが分かるのは自分だけ」という自負であり、その根底には「恵まれた者たち」への憤りが存在するという(Brooks, David, "The Ascent of a Common Man", New York Times, August 17, 2007)。

もっとも、「当選可能性」という議論がどこまで的を得ているのかは判断が難しいところもある。興味深いのは、最近明らかになった州別世論調査の結果である(Kilgore, Ed, "Red States Turning Purple?", Democratic Strategist, August 27, 2007)。サーベイUSAの調査によれば、アラバマ、ケンタッキー、バージニア、オハイオ、ミズーリ、ニューメキシコといった2004年にブッシュが勝った州のうちで、ヒラリーがジュリアーニに負けているのはミズーリとアラバマ、トンプソンに負けているのはアラバマだけであり、ロムニーならばどこでもヒラりーの方が支持されているという。他の民主党候補についての同様の調査結果がないので比較のしようがないし、全米規模の調査から類推すればエドワーズやオバマの方が共和党候補者に分が良いとは予想されるものの、少なくともこの結果を見る限りでは、ヒラリーでは「勝てない」という結論は導き出せない。

「当選可能性」が切り札だったケリーは、実際には本選挙でブッシュに勝てなかった。しかも、強みになると見込んでいたベトナム従軍歴を攻め込まれた結果である。「当選可能性」という捉えどころのない論点は、ホワイトハウス奪回を目指す民主党にとって頭の痛い視点になりそうだ。

2007/09/03

Slippery When Wet : ブッシュのサブプライム対策

久しぶりに携帯を持って出るのを忘れてしまい、今日はゼロスタート。そこで、31日に正式に発表になったブッシュ政権のサブプライム対策をざっくりとまとめておきたい。

主要な提案は4つ。ホワイトハウスHUD(FHA部分)のプレスリリースを参考にとりまとめると以下のようになる。

1.FHA(Federal Housing Administration:連邦住宅局)の役割拡大
(1)行政府権限で実施する部分
<FHASecureの開始(即日)>
・サブプライムARMs(Adjustable Rate Mortgages:変動金利住宅ローン)の利用者のうち、リセットによる利子負担増が理由で延滞してしまった債務者のリファイナンスに対するローン保証を開始。従来は延滞者は対象外だった。
・利用条件は、①リセットまで遅滞なくローンを支払っている、②リセットが05年6月~09年12月までに実施される、③3%の頭金、④継続的な雇用暦、⑤ローンを支払うに十分な収入。
・比較的保守的な利用条件が課されており、「(ARMsの)優遇金利ゆえに高コストのローンに誘導されてしまった良好な借り手が」への限定的な救済措置の色彩が強い。
<リスクベースの保険料適用(08年1月~)>
・借り手のリスクに応じて高額の保険料を適用できるようにする。これまでよりも高リスクの借り手に保証を提供できるようにするのが狙い。
・具体的には、現行の初回1.55%・年間0.5%の一律保険料から、初回2.25%・年間0.55%までの幅を容認(Cowden, Richard, "Administration Introduces Plan to Allow FHA to Ease Refininancing Subprime Loans", Daily Report for Executives, September 4, 2007)。
(2)議会に立法化を要請
・頭金の引き下げ(現在3%)、保証対象ローンの上限引き上げ、保険金設定の柔軟性拡大

2.住宅税制の一時的変更
・差し押さえ・リファイナンスに伴うローン解除に関する所得税の賦課を一時的に休止(従来はローン減額分を税制上の所得として認識)。

3.差し押さえ回避イニシアティブ
・関連機関・団体と協力し、差し押さえの可能性がある債務者の特定、リファイナンス関連情報の提供などを実施

4.持ち家所有者保護・再発防止対策の支援
・金融当局による情報開示・貸し出し基準見直し、消費者による最適なローン選択を支援する規制措置、週によるブローカー登録制度の支援、詐欺・不正の摘発、金融教育・差し押さえカウンセリングの支援、格付け機関・証券化の役割を検討する作業部会の設置

今回の提案は、「借り手救済」という方向性にしても、個別の内容にしても、民主党の提案と重なる部分が目立つ。「イデオロギー的な乖離が少なくなった(フランク下院議員)」「まれにみる超党派的な展開(EPIのジャレッド・バーンステイン)(ElBoghdady, Dina, "Bush's Plan Brings FHA To Mortgage Front Line", Washingon Post, September 1, 2007)」「大統領はイデオロギー的な拘束衣を脱ぎ捨てた(シューマー上院議員)(Weisman, Steven R., "Bush Plans a Limited Intervention on Mortgages", New York Times, September 1, 2007)」などと、民主党筋からも異例とも言うべき好意的な評価が聞かれるほどである。

しかし、政権と民主党との差がなくなったわけではい。むしろ、政権が民主党の提案に乗ってこなかった部分も少なくない。GSEのポートフォリオ拡大には相変わらず反対だし、ヒラリーなどが提案するように連邦政府が新しい資金を拠出するわけでもない。個別の提案をみても、例えば住宅税制の変更に関しては、すでに議会に提案されている法案には、①投資目的の住宅・セカンドホームにも適用される余地がある、②恒久減税であるといった違いがある(Ferguson, Brett, "Bush's Says Canceled Mortgage Debt Should Not Be Counted as Income by IRS", Daily Report for Executives, September 4, 2007)。

そもそもブッシュ政権は、政策的な対応には後ろ向きであり、今回の提案にしても、事務方からは6ヶ月前に原案が提示されていたにもかかわらず、今まで店晒しになっていたという説もある。積極的な対応というよりは追い込まれての提案であり、「政策総動員」などというメディアの見出しは、やや言い過ぎのような気がしないでもない。    

もっとも、一度始めてしまった救済策は、次第に拡大していきがちなもの。それでなくても政権の対応策の政策的な効果は未知数である。FHA改革について言えば、これによる利用者の増加は、FHASecureが6万人、リスクベースの保険金で2万人の合計8万人。これによって2008年度のFHA利用者は24万人。これに対して、リセット対象者は200万人、潜在的な差し押さえ対象者は50万人ともいわれる(ElBoghdady, ibid)。4日から再開される米議会では、民主党が支援策の拡大を求めるのは必至の情勢。そもそも「政府にできることは少ない」とはいわれるものの、ブッシュ政権の防御ラインがずるずると後退する可能性は少なくないだろう。

気になったのは、ブッシュの提案に対するオバマの反応。「ロビイストの影響力を許してきたのがそもそもの原因」と始めているのは、明らかにヒラリーへの当て擦り。一体どこをみてのリアクションなのか。いくら当面の敵がヒラリーだとはいえ、いかにも度量の狭いリアクションではないだろうか。