2007/09/14

Sentimental Street:イラク部分撤退とオバマの焦躁

安倍首相辞任ですっかり霞んでしまったが、今週の米国では大きな行事があった。ブッシュ政権によるイラク増派の報告である。一か月近くに亘った事前広報、ブッシュ大統領のイラク電撃訪問、10~11日のペトロース司令官・クロッカー大使の議会証言に続いて、13日には大統領自らがテレビ演説を行なった。

明確になってきたのは、関係者の思惑はともかく、いよいよ部分撤退が開始されそうになってきたという事実である。ブッシュ大統領は、ペトロース司令官の進言通り、来年夏までに増派分の兵力を撤退させる方針を発表した。シナリオどおりに進めば、今月の海兵隊を皮切りに、今年のクリスマスまでにまずは5,700人の兵力削減が実現する(McKinnon, John D., "Bush Sees 'Enduring' Iraq Role", Wall Street Journal, September 13, 2007)。

表向きは完全撤退までのスケジュール作成を主張する民主党も、現実には部分的撤退を認めざるを得ない状況にある。議会民主党は共和党のフィリバスターや大統領拒否権を覆すだけの票がない。撤退スケジュールの加速や、攻撃からサポートへの役割転換で、共和党議員の切り崩しを狙うのが関の山だ。さらにいえば、こうした内容はブッシュ政権に先取りされる可能性もある。政権は来年3月にペトロース司令官等を再度召集して、一層の兵力削減が可能かを検討するとしている。

自分が大統領になった時のことを考えれば、民主党の大統領候補も過大な約束はしたくない。ギャロップ社が9月に行った世論調査では、6割が米軍撤退を支持しているものの、7割近くは「米国は完全撤退の前にイラクに一定の安定と安全を確保する義務がある」とも答えている。何でも良いから退けば良いというわけではないのである。だからこそ、オバマやヒラリーは、大統領案は「形だけの撤退」だと批判はしても、完全撤退を要求しているわけではない(Issenberg, Sasha and Marcella Bombardieri, "In senatorial role, a chance to take spotlight on war", Boston Globe, September 12, 2007)。

例えばオバマは9月12日にアイオワで演説を行ない、2008年末までの「攻撃部隊の撤退」を主張した。一見すると大胆な提案だが、反戦派には攻撃部隊以外がイラクに残るという点を捉えられて、完全撤退をあきらめたという厳しい批判を浴びた(Zeleny, Jeff and Michael R. Gordon, "Obama Offers Most Extensive Plan Yet for Winding Down War", New York Times, September 13, 2007)。また、オバマは撤退期限を定めない予算にも、断固反対という立場も示していない(Greenberger, Jonathan, "Obama: Will he or won’t he support compromise?", ABC News, September 13, 2007)。エドワーズなどは、オバマの提案はブッシュ案に類似していると指摘する(Greenberger, Jonathan, "Obama Slams Clinton on Iraq", ABC News, September 12, 2007)。前提次第だが、「毎月1~2部隊の撤退を即座に始める」という提案も、10月から4000人規模の部隊を1つずつ撤退させるのであれば、来年7月時点での削減数は4万人となり、大統領案(3万人)と大差はない。

オバマの視線は、イラクでの戦争というよりも、選挙での戦いに向いているのかもしれない。オバマはペトロース司令官等の公聴会で、スタッフがイラク政策に関するヒラリーとの立場の違いをまとめた資料を読み耽っているところを目撃されている(Milbank, Dana, "Enough About Iraq -- Let's Talk About Me", Washington Post, September 12, 2007)。アイオワでの演説も、名指しこそしなかったものの、開戦を許した「ワシントンの常識」を殊更に批判し、当初から戦争に反対してきた自らの立場を強調している。

しかし、こうしたオバマの戦略が功を奏すとは限らない。ロサンゼルス・タイムスとブルームバーグがアイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナという予備選の序盤州で行なった世論調査によれば、イラク問題はかえってヒラリーの強みになっている節がある。例えばニューハンプシャーでは、「米軍撤退をできるだけ早く始めるべきだ」と考える民主党支持者の36%がヒラリーを支持している。オバマ支持は14%、エドワーズ支持は12%だ。撤退指向の民主党支持者が、もっともタカ派のヒラリーを推すというパラドックスが生じているのである(Wallsten, Peter, "Clinton appeals to antiwar Democrats", Los Angels Times, September 13, 2007)。

理由はイラク戦争に変化をもたらせる能力への期待にある。アイオワでは33%、ニューハンプシャーでは32%、サウスカロライナでは36%が、「イラク戦争を終わらせるのに最適な候補」にヒラリーを上げている。民主党支持者にしてみれば、米軍撤退を目指すという点で、いずれの民主党候補者の提案も許容範囲内にある。「実力が伴わなければ、変化を主張しても仕方がない」というヒラリーの論法が受け入れられた格好だ。オバマなどは開戦に賛成したヒラリーの経歴を批判するが、有権者にとって大切なのは過去ではなく将来なのである。

オバマはサブプライム問題でも、わざわざロビイストの影響力と絡ませて、ヒラリー批判につなげようとしている。ヒラリーの優位が揺らがないなかで、オバマ陣営には焦りもあるだろう。

前述のオバマのアイオワでの演説は、クリントンという街で行われた。どのような狙いがあったのかは分からないが、オバマの選挙戦に落とすヒラリーの濃厚な影を感じてしまった。

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