2007/10/11

ヒラリーの中間層対策:Yesterday’s News was Pretty Good

今週ヒラリーは、アイオワとニューハンプシャーを舞台にしたバス・ツアーを敢行し、「中間層の再興」をテーマに、一連の経済政策を「21世紀の経済への青写真」として発表した。パッケージの中身は既に発表されていたものが多く、新しいのは学費支援、サブプライム関連の追加策、そして昨日取り上げた貯蓄増進策程度だが、取り敢えずそのラインナップを紹介しておこう。

1.イノベーションの力で高賃金雇用を生み出す

研究のために500億ドル規模のStrategic Energy Fundを新設。石油業界は自前で代替エネルギーの開発を進めるか、同ファンドに資金援助を行なうかを選択する。ファンドは研究支援だけでなく、オフィス・住居の省エネ化や、ガソリン・スタンドのE85対応工事に対する優遇税制や、バイオ燃料の商用化に関する債務保証などを行なう。

2.労働者の力を強化して、全ての米国人が公平な貢献を行うようにする

労組結成手続きを簡素化する。

通商協定の着実な実施を確保するために、USTRに通商執行官を設け、関連スタッフを倍増させる。

通商による失業者の救済策であるTAAを改革する。具体的には、サービス業や移転先との自由貿易協定などの有無にかかわらず海外移転した企業の労働者を対象に加え、職業訓練用の予算を4.4億ドルに倍増。失業期間中の医療保険費用を補助するHCTCについても、税額控除の水準を保険料の65%から90%に引き上げるなどの改革を行なう。

税制に公正さを取り戻す。高所得層の所得税率を90年代の水準に戻す。ファンド・マネージャーに対する不当な優遇措置を廃止する。中間層向けの減税は延長し、AMTを改革する。

3.一生懸命働いて責任を果たした国民には、先に進むためのツールを国が提供するという、基本的な契約を再建する

奨学金や優遇税制の改革によって、資金面で大学に通い易くする。

全ての国民に安価で質の高い医療保険を保証する(詳細は別に譲る)。

住宅問題に正面から取り組む。まず、立ち退き対策として、GSEなどを使った"Save Our Homes"プログラムを2年間の期限付きで実施する。具体的にはGSEのポートフォリオ上の規制を緩和し、700億ドル規模のモーゲージ購入能力を生み出す。また、州によるモーゲージ歳入債の起債基準を緩和し、リファイナンス用モーゲージの財源として利用できるようにすると同時に、起債上限を約25%(25億ドル相当)引き上げる。そして、責任感のある借り手がモーゲージにアクセスできるようにするために、"Realizing the Dream"プログラムを実施する。具体的には地域の住宅コストに応じてGSEが購入できるローンの上限を一時的に引き上げ、即座に流動性を供給させる。さらに、立ち退き救済法を制定し、立ち退きに関するコンサルタントのスタンダードを定めると同時に、不正摘発のための補助金を州政府に提供する。

退職後の保障を改善するために貯蓄増進策を講じる。

4.財政規律を回復する

90年代の財政ルール(PAYGO原則)を復活させ、均衡財政・財政黒字を目指す。

一読して気がつくのは「回復する」「取り戻す」といった表現が目立つことだ。米国の選挙では将来指向のメッセージが求められるというのが通説だが、「昨日のニュースは良いニュースだ」というクリントン前大統領の発言に、ヒラリー陣営の開き直りを感じさせる。

もっとも「取り戻す」ことが、すなわちクリントン政権への全面回帰を意味しているわけではない。例えばヒラリーは、NAFTAの「再評価と調整」の必要性や、通商交渉の「一時停止」論を再び持ち出している(Page, Susan, "Clinton seeks to re-evaluate NAFTA", USA Today, October 8, 2007)。この問題には改めて触れる機会があると思うが、レトリックと実際の乖離には、くれぐれも注意する必要があるだろう。

2007/10/10

ヒラリーの貯蓄増進策と公的年金改革の今後

10月9日にヒラリーが、老後に向けた貯蓄の促進案を発表した。401(k)タイプの確定拠出型年金を全国民に普及させるべく、年間250億ドル規模の優遇税制を導入するというのが骨子である。米国では21~64歳の勤労者の40%超が401(k)に加入している。96年の34%よりは増加しているが、近年ではそのペースは鈍化しているという(Calmes, Jackie, "Clinton Outlines Retirement Proposals", Wall Street Journal, October 9, 2007)。

ヒラリーの提案には、二つの柱がある。第一は、勤労者の貯蓄に対する優遇税制である。具体的には、ヒラリー案の下では、401(k)型の年金貯蓄に対して連邦政府が貯蓄額に応じた税額控除を提供する。その上限は、年収6万ドルまでの家庭については最初の1000ドルについて同額、6~10万ドルについては半額とされ、それ以上の家庭については段階的に補助の比率が低下する。共和党陣営からは、「増税につながる浪費だ」との批判が聞かれるが、ヒラリーの提案は(他の税目の増税でファイナンスされるとはいえ)、租税特別措置を利用した減税である。租税特別措置は共和党も利用している手段であり、これを「歳出」だと定義してしまえば、共和党の減税路線にも論旨が通らない部分がでてきかねない。

第二は、American Retirement Accountの導入である。この口座は、現在401(k)プランを提供されていない勤労者などを念頭に置いた新しい制度であり、年間5000ドルまでを課税繰り延べベースで積み立てられる。当然のことながら、最初の1000ドルは前述の税額控除の対象となる。勤労者が新設の税額控除を受けるには、既存の401(k)プランを維持しても良いし、American Retirement Accountを開設しても良いことになる。口座の運用は民間企業が行なうため、公的部門の拡大にはつながらないと主張されている。

この他にも同アカウントには、長期間の失業に直面した場合には、残高の10~15%を罰則無しで引き出せるという特徴がある。住宅の購入や高等教育などの「生活上の重大な投資」のためであれば、やはり罰則無しで引き出せるというのは、現行のIRAと同様である。また、低所得層の参加を促すために、フードスタンプなどの公的給付の受給資格を審査する際に、退職後向けの貯蓄を「資産評価」の対象から外すという提案もある。これまで低所得層には、貯蓄すると公的給付を受けられなくなるというジレンマがあったからだ。

気になる財源については、ヒラリーはブッシュ減税のうち相続税に関する部分を、09年の水準で凍結するよう提案している。優遇税制の規模は参加者数に左右されるが、ヒラリー陣営は年間200~250億ドルを見込んでいる。これに対して相続税の凍結は、予定通りに相続税を廃止した場合と比較して、10年間で4000億ドル規模の増収になる。

実はヒラリーの提案に先立って、民主党のエマニュエル下院議員も、似たような提案を行なっている(Emanuel, Rahm, "Supplementing Social Security", Wall Street Journal, Septmber 13, 2007)。具体的には、労使が給与の1%を非課税扱いで拠出するUniversal Savings Accountを設置するという提案である。ヒラリー案と同様に、口座の運用は民間企業が担当する。また、加入者を増やすために、原則として企業は従業員を自動的に同口座に参加させる。こうした自動加入のシステムは、近年401(k)プランに普及し始めており、貯蓄増進の効果が認められている。因みにヒラリー案にも、似たような内容が含まれている。

細部の違いはさておき、ヒラリー案とエマニュエル案の違いで見逃せないのは、公的年金改革との結び付け方である。具体的には、エマニュエルは、個人の貯蓄を増進し、老後に対する不安を和らげることが、公的年金改革の前提になると位置づけている。公的年金改革自体については、両者共に安全な老後のための「聖域」と位置付けており、その強化を主張しているが、エマニュエルの方が「強化」の内容には含みがある印象だ。そもそもこうした形式での個人貯蓄の増進は、クリントン政権が公的年金改革を念頭に置いていた時期に、これを補完するパーツとして検討されていた経緯がある(Calmes, ibid)。その点では、エマニュエルによる提示の仕方の方が、オリジナルのクリントン政権の論理に近い。

公的年金改革との関連では、民主党サイドからの一連の提案は、公的年金の外側に「個人勘定(マーケットなどで運用される個人管理の積立口座)」を設けるのとほぼ同じ意味合いがある。ブッシュ政権が提唱していた「個人勘定」は、公的年金の一部を置き換えて設置すべきだとされていた(carve out)。しかし、公的年金の外側に個人勘定を設けるという対案(add on)は、当時から超党派の賛同を得られる可能性が指摘されていた。実際に、個人勘定の産みの親とでもいうべき存在であるフェルドシュタイン・ハーバード大教授は、税でファイナンスする公的年金をマーケットで運用する個人勘定でサポートするという点で、ブッシュ大統領の提案とエマニュエル案の距離は近いとして、民主党と共和党の間で妥協が可能になるかもしれないと指摘している(Feldstein, Martin, "Social Secuirty Compromise", Wall Street Journal, October 8, 2007)。

もちろん、個人勘定が公的年金をサポートするといっても、それが公的年金の給付削減容認を意味するかどうかという点については、民主党と共和党の意見は食い違う可能性が高い。また、医療保険の問題と同様に、公的年金を巡る議論には、双方の支持基盤との関係に関わってくるという難しさがある。しかし、民主党政権が誕生した場合には、取り敢えずの入口として、公的年金の議論とは一旦切り離した形で、add on型の個人勘定に進むという方向性は、十分に考えられるのではないだろうか。

2007/10/09

オバマ経験不足論はブーマー世代の仕業?

経験の浅さという点では、候補者の間にそれほどの違いが見られないのに、なぜオバマの未熟さが争点になるのか。一つの鍵は、ベビーブーマーにあるのかもしれない。ボストン・グローブのエレン・グッドマンの指摘である(Goodman, Ellen, "Junior envy", Boston Globe, January 26, 2007)。

確かにオバマは相対的には若いが、一般的な社会常識でいえば、46歳は若者とは言い難い。むしろ、自分は若くないということを感じさせられる年頃である。モーツァルトは30台で死んでしまったし、アインシュタインは36歳で相対性理論を発表した。政治の世界においても、ルーズベルトは42歳で大統領になっており、オバマは史上最年少の大統領にはなり得ない。

むしろオバマの「若さ」がクローズアップされるのは、有権者が高齢化しているのではないか。なかでもブーマー世代の高齢化が、オバマにとっては逆風になっている可能性がある。1960年には米国の平均年齢は29歳だったが、現在は36歳である。そして発言力の大きいベビーブーマー世代は、60代に差し掛かっている。20歳代の頃は「30代以上は信用できない」としていたブーマー世代が、今や50代以下は信用できないと言い始めているのではないか。

ブーマー世代は、いつまでも若さを失わない世代といわれる。その副作用は、次の世代をいつまでも若輩もの扱いしがちで、「世代交代に後ろ向きなことにある。言い換えれば、物事を仕切るのは自分たちの世代だという自負がいまだに強いのが、ブーマー世代なのである。

クリントン以来、米国ではブーマー世代の大統領が16年続いている。ブーマー世代に属するのが18年であるから、そろそろ世代交代となってもおかしくはない。ブーマー世代の最後尾(もしくはジョーンズ世代)のオバマであれば、タイミング的には違和感がないという議論も可能だろう。しかし現実の選挙戦は、そのようには展開していない。いかに世代が松明を受け継いでいくかは、今後の米国政治の隠された論点なのかもしれない。

2007/10/07

経験不足の候補者たちが多い不思議

ヒラリーとオバマの戦いは、「経験」と「変化」の勝負だといわれている。正確に言えば、少なくともオバマ陣営はそのような構図に持ち込もうとしている。しかし歴史的な水準に照らし合わせれば、今回の予備選挙における「有力候補者」は、いずれも「経験不足」だというい方も可能である。2007年7月に、ニューヨークタイムス・マガジンにマット・バイが寄稿した小文は次のように指摘している(Bai, Matt, "What Does It Take?", New York Times, July 15, 2007)。

ヒラリー、オバマ、エドワーズ、ジュリアーニ、ロムニー、トンプソンといった有力候補者を合わせても、州政府レベルでの選挙で勝った回数は6回に過ぎず、通算した任期も28年にしかならない。トップレベルの公職期間が最も長いのはジュリアーニだが、それも市長どまり。これまでに市長から大統領になった例は無い。これに比較して、バイデンやリチャードソン、マケインといった公職経験の長い候補者は、予備選挙で苦戦を強いられているのが現実である。

こうした選挙戦の展開は、米国の歴史では例外的だ。俳優出身であることがクローズアップされがちなレーガンでも、州知事を2期務めてから、69歳でようやく大統領にたどり着いた。ブッシュの父親は、外交官、CIA長官を経て、副大統領を2期務めた。若くして大統領になったクリントンでも、その前にはアーカンソー州知事を実に5期も経験している。例外はカーターくらだった。ところが、現在のブッシュ大統領辺りから、経験の浅い大統領というトレンドが始まったようにみえる。州知事を一期経験しただけのブッシュ大統領は、最近24年間でもっとも経験の浅い大統領である。

バイは、その背景として3つの理由をあげる。第一に、インターネットの発展によって、社会全体として「専門家」の優位性が低下いてきた。誰でもさまざまな情報が容易に入手できるようになり、一般大衆が政治評論の世界にも参入できるようになった。むしろ「経験」という言葉は、いわゆる「専門家」が自らの領域を一般大衆から守るために使う都合の良い言い回しになってきた。第二に、政治的な経験の豊富さは、必ずしも現状打破につながらない。オバマの議論にも共通するが、イデオロギー対立の中で育ってきた政治家は、妥協の術を知らない。第三に、一般の労働者も一生のあいだに何度も職業を変えるようになっており、政治家だけを続けている人間はかえって怪しい。

もっともバイは、政治的な経験の浅さが必ずしもプラスになるとは考えていない。政治というのは企業経営のように簡単に割り切れるものではない。MBAをもつ初の大統領であるブッシュの失敗をみれば、一目瞭然だろう。どこで妥協して、どこで信念を貫くのか。そいった勘所は、経験を積んで初めて身につくものだとバイは指摘する。

この「妥協するポイント」という点については、再び医療保険改革に臨むヒラリーが、前回の失敗を学んでいるかどうかという観点でも指摘されている論点である。これについては、また改めて触れることにしたい。

マット・バイは、ニューヨークタイムスマガジンを中心に活動しているお気に入りの記者である。近著のThe Argumentも、民主党の近況を描いて興味深い。名前を覚えておいて損はないと思いますよ。

2007/10/05

Dazed And Confused : 詳細な医療保険改革案の罪

今週末は最初の引越しである。勢い資料の整理を迫られているのだが、いやはや資料を捨てるのは辛いですね。これであれをやる筈だったとか、いろいろ考えてしまう。

というわけで(?)、しばらくは折りに触れて、取り上げた損ねた報道を備忘録的に記す機会が多くなりそうである。それはそれで、新しい発見もあり面白い。

今回は、医療保険改革の詳細を示すことの是非に関する議論である。筆者のマーク・シュミットは、2000年の大統領選挙で民主党のブラッドレー候補の陣営に属していた。その経験からのアドバイスは、「詳細な改革案は示すべきではない」というものだ(Schmitt, Mark, "Too Much Information", New York Times, July 24, 2007)。詳細な政策提案は、細部だけを取り上げた候補者批判に使われる以外は、ほとんど関心を集めることがない。2000年の選挙でブラッドレーは、対立候補のゴアに負けない詳細な改革案を提示したが、ゴア陣営による技術的な細かい批判に切り刻まれてしまった。結局のところ、ブラッドレーのためにも、国民皆保険制実現のためにもならなかったというのである。

シュミットは2つの理由をあげて、予備選期間中の提案は候補者が大統領になった後に実現できる改革とは全く関係がないと指摘する。第一に、この頃の提案は、新しい大統領が誕生する頃には忘れ去られてしまう。1992年の大統領選挙に出馬したボブ・ケリー上院議員は、予備選挙中には左よりの提案をしていた(シングル・ペイヤー)にもかかわらず、実際に当選したクリントン政権がそれよりも中道寄りの提案(もう一人の候補だったソンガス案に近い)を発表したところ、今度は右側からこの提案を批判したという。第二に、大統領は独断で政策を実現する権限がない。実際の政策を決定するに当たっては、議会での審議が必要である。さらにシュミットは、選挙期間中に若輩のアドバイザーが徹夜でピザを食べながら作ったような改革案が、連邦政府・議会が総力を挙げて検討した改革案にかなうわけがないと指摘する。

シュミットは、民主党の支持者はプラン自体ではなく、「プランという考え」に取り付かれており、プランが詳細であるほど、その候補者が本気であると思い込みがちだと指摘する。しかし、この時点での改革案に実現の可能性がない以上、支持者に必要なのは、候補者のキャラクターをしるための手がかりだけだ。したがって候補者は、改革の原則とその理由、そして基本的な目標をすめば十分だというのが、シュミットの主張である。

ヒラリーはかつて討論会で医療保険改革に触れて、「もっとも大事なのはプランではない。私達はほとんど同じようなことを提案している。大切なのは、政治的な意志があるかどうかだ」と述べている。シュミットは、このラインで十分なはずだと述べている。

もちろんこの記事が発表された後に、ヒラリーは詳細な改革案を発表した。それどころか、アイディアの無さを揶揄された共和党陣営も、それなりの改革案を発表しているのが現状である。しかし、米国の医療保険制度の実態は、多少知識がある人間でも眩暈をおこすほど複雑だ。勢い、実際の改革案の本質から離れた単純な批判の方が受け入れられやすくなる素地は十分にある。ことが「政府のあり方」のような抽象的な問題にもつながってくるからなおさらである。詳細な改革案の戦いが、本当に改革のためになるのかどうかは、選挙戦の騒乱が静まった後に初めて明らかになるのかもしれない。

2007/10/04

医療保険改革と二つの「トロイの木馬」

医療保険を巡る議論が盛んになっている。この問題は、市場原理重視の共和党と、国の役割を重視する民主党の議論が分かれる好例として取り上げられ易い。一朝一夕に片付く問題ではないが、政治的な思惑もからむだけに、少しの動きでも、将来に向けたさきがけとして神経質に取り扱われる傾向があるようだ。

2つの事例を取り上げたい。

第一は、現在議会を賑わせているSCHIPの問題である。10月3日にブッシュ大統領は、民主党議会が可決した改革案に対して、予告通り拒否権を発動した。大統領による拒否権の発動は、就任以来数えても、ようやく4回目である。

既にこのページでも取り上げたように、ブッシュ政権・共和党が議会の改革案に反対している理由の一つが、「国が運営する全国的な医療保険への第一歩である」というものである。例えばベーナー下院院内総務は、「子供のために作られたプログラムを、いまだに同制度の対象とすべき低所得の子供が残っているにもかかわらず、国が運営する医療保険制度のトライアル・バルーンに使うのは無責任だ」と述べている(Newton-Small, Jay, "Making Hay Over the Health Care Veto", Time, October 2, 2007)。

共和党がSCHIPが国営医療保険の「トロイの木馬」である根拠として指摘するのが、90年代にクリントン政権が医療保険改革を推進していた際に作成された、ある内部文書である。この文書には、国民皆保険制の導入に失敗した場合の善後策として、子どもの無保険者を無くす(Kids First)という提案が記されている。州政府を担い手とするなど、枠組み的には後のSCHIPに極めて近い。今回の民主党のSCHIP改革論も、当時の流れを汲む策略だというわけである。

当時改革を取り仕切っていたヒラリー上院議員の陣営は、この文書に基づくSCHIP批判は、二つの点で意味が無いと反論する。第一に、この文書は当時の数ある提案の一つに過ぎず、当時ヒラリーが支持していたわけでもない。第二に、そもそもヒラリーは、国が運営する全国的な医療保険制度を提案しているわけではない。むしろヒラリーの改革案は、官民の保険が共存するハイブリッドである(Kady II, Martin, "Battle of sound bites reaches health care", Politico, October 2, 2007)。

他方で、共和党型の医療保険改革のさきがけになる可能性があると指摘されているのが、先頃GMとUAWの間で合意された、退職者医療保険に関する改革である(Jenkins Jr., Holman W., "Wising Up on Health Care", Wall Street Journal, October 3, 2007)。この合意では、UAWがVEBAと呼ばれる基金を通じて退職者に医療保険を提供し、GM側はこの基金に定額の費用(350億ドル)を払い込むこととされた。この合意によって、GM側は退職者医療に関する債務を切り離し、負担額を確定できる。対するUAW側は、基金の運用や医療費の管理具合によっては、組合員に負担を求めずに制度を存続させられる可能性が出て来る。GMの退職者医療債務は510億ドル。350億ドルの元手でどこまで制度を運営するかは、UAWの腕の見せ所である。

こうした仕組みは、ブッシュ政権が個人向けに推進していたHSAに酷似している。さらに言えば、利用者にアカウントを与えて、サービスの効率的な利用へのインセンティブにしようという考え方は、「オーナーシップ社会」構想に相通じている。

もっとも、GM-UAWの取り組みがオーナーシップ構想のさきがけになるかどうかは、今後のUAWの出方にも関わってくる。例えば、GMとの合意のなかには、国民皆保険制の導入に向けて協力するという内容があるという。民主党政権の誕生も視野に入る中で、UAWにとって今回の合意は国による救済を求めるための通過点に過ぎないのかもしれない。また、基金の運営が厳しくなった場合には、GM側が追加的な費用を負担する。このようなセーフティーネットの存在は、効率化へのインセンティブを殺いでしまいかねない。

GMに先駆けてUAWがキャタピラーとの間で設立したVEBAたは、発足後6年で底を付いてしまった。GMの案件はまだ仮合意の段階だが、その行方は今後の医療保険改革論議にも少なくからぬ影響を与えそうだ。

2007/10/01

波紋を呼ぶオバマの年金改革案

第二期ブッシュ政権が大きな挫折を経験した公的年金改革だが、ここに来て民主党の各候補者の提案が明らかになってきた。日本ほどではないが、米国も高齢化が進もうとしている。最大の課題は医療保険だが、将来的には公的年金も財政バランスが崩れてくる。年金財政の健全性をいかに確保するかが問われているわけである。

焦点は財源としての社会保障税の扱い。なかでも注目を集めているのは、オバマの提案である。オバマは9月21日のQuad-City Timesへの投稿で、年金所得の課税上限を見直すべきだと主張した(Obama, Barack, "Fixed-income seniors can expect a tax cut", Quad-City Times, September 21, 2007)。同26日にニューハンプシャーで行われた民主党の討論会でも、オバマはこの提案を強調している。課税上限の見直しは、ブッシュ政権も検討したことがあるが、オバマは現在年間9万7500ドルに設定されている上限の廃止を例示しており、そうなれば実に10年間で1兆ドルの増税となる大掛かりな改革になる(Davis, Teddy, "Obama Floats Social Security Tax Hike", ABC News, Septmber 22, 2007)。エドワーズも課税上限の見直しを提案しているが、現在の上限から20万ドルまでは除外されるので、オバマ案よりは増税規模は小さい。

当然のように、オバマの提案には共和党陣営から「大増税」との批判が集まっている。医療保険改革と並んで、共和党にとって税制の問題は、「政府のあり方」を軸に民主党との違いを強調しやすいテーマである。それでなくても、年金改革は米国政治の「第三のレール」といわれ、下手に手を出すと致命的な打撃を受けるといわれる。中には、民主党が社会保障税増税を持ち出したことで、税の分野で共和党が盛り返す芽が出て来たという意見もあるほどだ(Pethokoukis, James, "Forget Clintonomics--This Is Mondalenomics", U.S. News & World Report, September 27, 2007)。

もっとも見逃せないのは、課税上限の見直しには、年金制度を擁護するリベラルな勢力からも慎重な意見が聞かれることである。公的年金が政治的に高い支持を得られているのは、誰もが負担に応じた恩恵を受けているというイメージがあるからだ。しかし、高所得層から低所得層への所得移転の性格が強くなりすぎれば、こうした幅広い支持は得られなくなりかねない。むしろ、かつての福祉制度のように、制度の縮小を求める気運が高まりかねないというわけである。オバマは税制改革案のなかで、低所得層の所得税をゼロにするとしているから、高齢者の間では二重の意味で所得移転の度合いが強くなる。

オバマの提案は、ヒラリーからの批判に応えたものだという見方がある。以前オバマは、年金改革について、「あらゆる選択肢を排除すべきではない」と発言したことがある。これに対してヒラリーは、給付削減や支給開始年齢の引き上げは解決策にはならないとして、何でも検討すべきだというオバマの立場を批判した(Calmes, Jackie, "Clinton Rules out Cuts in Social Securiy Benefit", Wall Street Journal, September 8, 2007)。何やら、独裁者と会談すべきか否かという両者の議論を彷彿とさせる。

それでは、そのヒラリーは年金改革をどう考えているのか。かつては社会保障税の累進化に与するような発言をしていたヒラリーだが、26日の討論会での発言は、「どのような選択肢も検討しない」というものだった。年金改革の具体案をどうこうする前に、一般財政の健全化を進めるのが先決だというのが、ヒラリーの立場なのである。実は米国の公的年金は現時点では黒字を計上している。その黒字を一般財政の赤字が食いつぶしているのが現状である。この一般財政による流用を止めれば、公的年金の財政事情は改善するというわけだ(Calmes, ibid)。

実はオバマも、前述の提案では一般財政の立て直しが先決だと主張している。それでも駄目な場合には、「全ての提案を議論」するべきであり、そのなかでも課税上限の見直しが有望だという論理展開である。そこまで言ってしまって、批判される危険性を犯すのか(意図しているかどうかも問題だが)、それとも、堅実な言い回しを使うのか。両候補の特色が良く現れている。

可哀相なのはリチャードソンだ。26日の討論会でリチャードソンは、本質的にはヒラリーとほぼ同じ議論を展開しているにもかかわらず、司会役に「そんな計算は成立たない」と突っ込まれまくっていた。なぜヒラリーはそのような目に会わなかったのか(少なくとも会っていないように見えるのか)。厳しいようだが、これがトップランナーと第二グループの違いなのかもしれない。