医療保険改革と二つの「トロイの木馬」
医療保険を巡る議論が盛んになっている。この問題は、市場原理重視の共和党と、国の役割を重視する民主党の議論が分かれる好例として取り上げられ易い。一朝一夕に片付く問題ではないが、政治的な思惑もからむだけに、少しの動きでも、将来に向けたさきがけとして神経質に取り扱われる傾向があるようだ。
2つの事例を取り上げたい。
第一は、現在議会を賑わせているSCHIPの問題である。10月3日にブッシュ大統領は、民主党議会が可決した改革案に対して、予告通り拒否権を発動した。大統領による拒否権の発動は、就任以来数えても、ようやく4回目である。
既にこのページでも取り上げたように、ブッシュ政権・共和党が議会の改革案に反対している理由の一つが、「国が運営する全国的な医療保険への第一歩である」というものである。例えばベーナー下院院内総務は、「子供のために作られたプログラムを、いまだに同制度の対象とすべき低所得の子供が残っているにもかかわらず、国が運営する医療保険制度のトライアル・バルーンに使うのは無責任だ」と述べている(Newton-Small, Jay, "Making Hay Over the Health Care Veto", Time, October 2, 2007)。
共和党がSCHIPが国営医療保険の「トロイの木馬」である根拠として指摘するのが、90年代にクリントン政権が医療保険改革を推進していた際に作成された、ある内部文書である。この文書には、国民皆保険制の導入に失敗した場合の善後策として、子どもの無保険者を無くす(Kids First)という提案が記されている。州政府を担い手とするなど、枠組み的には後のSCHIPに極めて近い。今回の民主党のSCHIP改革論も、当時の流れを汲む策略だというわけである。
当時改革を取り仕切っていたヒラリー上院議員の陣営は、この文書に基づくSCHIP批判は、二つの点で意味が無いと反論する。第一に、この文書は当時の数ある提案の一つに過ぎず、当時ヒラリーが支持していたわけでもない。第二に、そもそもヒラリーは、国が運営する全国的な医療保険制度を提案しているわけではない。むしろヒラリーの改革案は、官民の保険が共存するハイブリッドである(Kady II, Martin, "Battle of sound bites reaches health care", Politico, October 2, 2007)。
他方で、共和党型の医療保険改革のさきがけになる可能性があると指摘されているのが、先頃GMとUAWの間で合意された、退職者医療保険に関する改革である(Jenkins Jr., Holman W., "Wising Up on Health Care", Wall Street Journal, October 3, 2007)。この合意では、UAWがVEBAと呼ばれる基金を通じて退職者に医療保険を提供し、GM側はこの基金に定額の費用(350億ドル)を払い込むこととされた。この合意によって、GM側は退職者医療に関する債務を切り離し、負担額を確定できる。対するUAW側は、基金の運用や医療費の管理具合によっては、組合員に負担を求めずに制度を存続させられる可能性が出て来る。GMの退職者医療債務は510億ドル。350億ドルの元手でどこまで制度を運営するかは、UAWの腕の見せ所である。
こうした仕組みは、ブッシュ政権が個人向けに推進していたHSAに酷似している。さらに言えば、利用者にアカウントを与えて、サービスの効率的な利用へのインセンティブにしようという考え方は、「オーナーシップ社会」構想に相通じている。
もっとも、GM-UAWの取り組みがオーナーシップ構想のさきがけになるかどうかは、今後のUAWの出方にも関わってくる。例えば、GMとの合意のなかには、国民皆保険制の導入に向けて協力するという内容があるという。民主党政権の誕生も視野に入る中で、UAWにとって今回の合意は国による救済を求めるための通過点に過ぎないのかもしれない。また、基金の運営が厳しくなった場合には、GM側が追加的な費用を負担する。このようなセーフティーネットの存在は、効率化へのインセンティブを殺いでしまいかねない。
GMに先駆けてUAWがキャタピラーとの間で設立したVEBAたは、発足後6年で底を付いてしまった。GMの案件はまだ仮合意の段階だが、その行方は今後の医療保険改革論議にも少なくからぬ影響を与えそうだ。
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