2007/08/21

節目の選挙としての2008年

米国の歴史には、政策の方向性が大きく変わる「節目の選挙」がある。2008年の大統領選挙は、その一つになる可能性がある。

何が「節目の選挙」なのかという点について、興味深い分析をしているのが、Washington Timesのトニー・ブランクリーである(Blankley, Tony, "Is 2008 a change election?", Washington Times, August 8, 2007)。幾つかの全国的な争点に関する有権者の不満が表明されるだけでなく、価値観の大きなシフトやそれまでとは違ったタイプの大統領を生み出すのが、「節目の選挙」である。ブランクリーによれば、これまでの選挙で「節目の選挙」に値するのは、FDRが当選してニューディールの始まりとなった1932年と、レーガン政権が誕生し現在につながる保守の政治の幕が開いた1980年だという。これらが「節目の選挙」である証は、次に対立政党が政権を奪回した時にも、大筋での政策の方向性が変わらなかった点にある。アイゼンハワーはニューディールを否定しなかったし、クリントンは市場経済・自由貿易を尊重する政策を採用し、福祉制度の改革に踏切った。

なぜ2008年が「節目の選挙」になり得るのか。反戦気運だけでは物足りない。ニクソン政権を生んだ1968年の選挙はベトナム反戦の影響があったが、政策の方向性は変わらなかった。また、現職政党の大敗も、必ずしも政策の方向性を大きく変えるわけではない。1952年のアイゼンハワーや1976年のカーターが好例である。

ブランクリーは2つの点に注目する。第一は、国の進む方向性、特に経済的な側面に対する有権者の不安である。2001年のリセッションを抜け出して以来、米国経済はブッシュ政権下で緩やかながらも着実な成長を続けてきた。しかし、有権者がブッシュ政権の経済政策を見る視線は厳しい。保守の経済政策の基本は成長重視だが、最近の米国では、経済成長率のようなマクロの経済指標には現れない、所得格差やグローバリゼーション、高齢化に伴う老後の不安といった問題が、有権者の関心事になっている。ここにきてのサブプライム問題も、資産の安全性という点で、有権者の経済的な不安をさらにかき立てかねない。第二は、政府の機能不全に対する怒りである。カトリーナやイラク戦争に代表されるように、有権者は政府の機能不全をイヤという程見せつけられてきた。ブッシュ政権は、大統領はともかくとして、チェイニーやパウエル、ラムスフェルドといったワシントンのベテランに支えられている筈だった。それでも満足に政府を運営できないのであれば、今までとは異なった人材をホワイトハウスに送り込む必要がある。有権者がそんな判断に傾いても不思議ではない。オバマやジュリアーニといった国政の経験が浅い候補者が健闘しているのは、そんな嗜好の表れかもしれない。

こうした文脈に従えば、2008年が「節目の選挙」になる場合には、「変化」を体現する候補者に追い風が吹くと見るのが妥当だろう。他方で個別の要素に着目すると、経済的な不安という観点では成長重視路線からの切替えを主張する候補者が、また、政府の機能不全という点では行政運営能力の高い候補者が有利になりそうである。そう考えると、分配重視を訴える民主党が優位に立っており、その中で「変化」のオバマと「実力」のヒラリーが競っているというのも、なるほど頷ける構図である。

米国では、2000年の大統領選挙以来、有権者の二分化が進んでいるといわれる。このため、有権者が急に同じ方向を向くとは考え難いという見方もある。しかしブランクリーは、有権者の1~2割が動きさえすれば、「節目の選挙」は成立すると指摘する。実際に2006年の中間選挙では、普段は動かない無党派層の数ポイントの違いが、驚くべき結果をもたらした。

2008年の選挙が「節目の選挙」となれば、これに伴う政策面の変化は、次の大統領を超えて米国の方向性を形作る可能性がある。今回の選挙が注目に値する理由は、まさにこの一点にあるといっても過言ではないのである。

2007/08/20

久しぶりにイラク...

昨年の議会選挙以来、民主党はイラクからの早期撤退を主張して、ブッシュ政権や議会共和党を一方的に攻め立ててきた。その構図は大統領選挙にも引き継がれている。しかし、ここに来て米国では、米軍削減の可能性が現実味を高めてくると同時に、撤退の速度自体は緩やかなものに止まるという方向で、両陣営の間に収束点が見えて来ているような気配がある。

ブッシュ政権は、9月に予定されているイラク戦争の現状報告において、駐留米軍の削減に関する提案を行うといわれている(Myers, Steven Lee and Thom Shanker, "White House to Offer Iraq Plan of Gradual Cuts", New York Times, August 18, 2007)。取り敢えずは来年の前半に増派の区切りをつけ、8月までに増派前の水準に兵力を減らして行くというのが、今のところの基本方針のようである。民主党が主張するような「撤退」の色彩が強い内容ではなく、むしろ少なくともブッシュ政権が終わるまでは十分な兵力を展開できるように有権者を納得させるのが狙いだが、それでも議論のベクトルが米軍削減に動き始めている気配は漂っている。

とはいえ、兵力の急速な削減への機運が高まっているというわけでもない。むしろ民主党の候補者は、イラクからの米軍撤退はそんなに容易ではないという慎重な発言に傾いている。具体的には、現地の混乱を避けるためには、米軍の撤退は段階的に行う必要があり、完全撤退というよりは、一定の兵力を現地に残さなければならないというスタンスである。実際に大統領になった時を考えて、有権者に過大な期待感を抱かせないようにすると同時に、政策上の柔軟性を確保するのが狙いである。既に昨年の中間選挙で反戦を掲げて当選した民主党議員のなかには、公約通りに戦争を終わらせられなかった点について、地元からの突き上げを受けている例もある(Romano, Lois and Mary Ann Akers, "An Antiwar Freshman Leader Faces His Constituents", Wshington Post, August 9, 2007)。有権者の期待感を煽り過ぎるのは禁物なのである。8月19日にアイオワで行われた討論会では、民主党の有力候補がいずれも米軍撤退の難しさに言及しており、ヒラリーなどは「(撤退については)過大な宣伝をしないことが極めて重要だ」と述べている(Przybyla, Heidi, "Clinton, Obama Warn in Debate Iraq Withdrawal Will Take Time", Bloomberg, August 19, 2007)。唯一リチャードソンだけが6~8ヶ月での完全撤退を主張したが、反戦派で売っている筈のエドワーズですら、9~10ヶ月というタイム・テーブルの方が現実的だと反論している。撤退の度合いについても、ヒラリーはテロ対策やクルド地域の安定のために、オバマは米人保護やテロ対策、そしてイラク兵の訓練のために、さらにエドワーズはイラク政府による虐殺や他国への暴力の伝播に備えて、一定の兵力を残す必要があると主張している(Zeleny, Jeff and Marc Santora, "Democrats Say Leaving Iraq May Take Years", New York Times, August 12, 2007)。

また、ブッシュ政権との距離をジリジリと広げようとしていると思われた共和党の候補者も、イラク戦争に関しては政権擁護の立場を崩していない。8月5日にやはりアイオワで行われた討論会では、共和党の有力候補者が口を揃えてイラク戦争での勝利の必要性を強調し、撤退に傾く民主党を弱腰だと批判した(Nagourney, Adam and Michael Cooper, "In Debate, Republicans Make the Case for Staying in Iraq", New York Times, August 6, 2007)。民主党サイドでオバマの外交政策における経験不足が論争になっているだけに、共和党としては外交・安全保障での強さを改めてアピールするのが得策という判断もあったのかもしれない。

有権者の見方も冷静になって来ている。8月にギャロップ社が行なった世論調査では、増派がイラク状勢を改善させているという回答が、7月よりも9ポイント多い30%を記録した。イラク戦争は間違いだったという意見も、7月よりも5ポイント少ない57%である(Tsikitas, Irene, "Warming Up to the Surge", National Journal, August 8, 2007)。有権者の見方が明るくなっていると言える程ではないが、目立った世論の動きである。

世論や候補者の立場が極端に動かないのは、イラク戦争の先行きが不透明だからである。米国では、イラクの現状に関する評価が割れている。7月の終わりには、民主党系シンクタンクの研究者が、増派によってイラクにある程度の安定がもたらされる可能性が出てきたとする現地報告を発表し、話題になった(O’Hanlon, Michael E., and Kenneth M. Pollack, "A War We Just Might Win", New York Times, July 30, 2007)。そうかと思えば、8月19日のNew York Timesには、イラクの状況が改善しているかのような最近の報道には違和感を覚えざるを得ないという、米兵の署名記事が掲載されている(Jayamaha, Buddhika, Wesley D. Smith, Jereny Roebuck, Omar Mora Edward Sandmeier, Yance T. Gray and Jeremy A. Murphy, "The War as We Saw It", New York Times, August 19, 2007)。米軍はイラク人の安全を確保できておらず、経済復興も進んでいないというのがその趣旨である。いずれの記事も、「現地の視点からすれば、米国(ワシントン)の議論は現実離れしている」と書きながら、その内容は正反対である。

先行きの不透明さは、候補者に断固としたスタンスを取ることをためらわせる。長い選挙のリスクは、特定の政策へのスタンスを早く固め過ぎて、状況の変化に対応できなくなることだ。投票日までに時間がある以上、いずれの党の候補者も、慎重に状勢を見極めたいところだろう。そう考えると、「米軍削減は時間の問題だが、撤退までの速度は緩やかに」というのは、現時点での自然な落とし所なのかもしれない。

2007/08/17

Sub-Prime Bluesと民主党の落とし穴

サブプライム発の市場の動揺が続いている。大統領選挙の観点では、この問題は民主党候補者がブッシュ政権の経済政策を批判する格好の題材となっていると同時に、その行き過ぎの危険を感じさせる典型的な案件である。

市場の関心はクレジットの縮小にあるが、民主党候補者の関心はローンの焦げ付きによる立ち退きを迫られている借り手の保護だ。その文脈は、大衆の側に立つという民主党のポピュリスト的な経済政策にピッタリである。実際にヒラリーなどは、現在の借り手の窮状を、個人にリスクを押し付けるブッシュ政権のYOYO経済政策の犠牲者だと形容している(Bombardieri, Marcella, "Democrats offer fixes to foreclosure crisis", Boston Globe, August 8, 2007)。借り手救済と地方政府による貸家等の住宅政策にそれぞれ10億ドルを用意すると同時に、繰り上げ返済へのペナルティー禁止といった業界規制・借りて保護策の強化を実施すべきだというのがヒラリーの主張である。この政策が発表されたイベントでヒラリーを紹介した人物は、コンピュータ・セキュリティ・コンサルタントの仕事をアウトソーシングで失い、子どもの習い事を止めさせ、退職金を取り崩しまでしながら、住宅ローンの金利上昇に耐えられなかったという。これから金利変更時期を迎えるサブプライムローンはまだまだ多い。市場の不透明感が続けば、有権者の不安も強まり、これに呼応するように、民主党候補者のトーンも高まるだろう。

共和党系の識者は、ヒラリー達の提案が必ずしも適切な対応であるとは限らないと指摘する。例えば、かつて下院院内総務を務めたディック・アーミーは、今回の問題は市場の自然な調整過程に過ぎず、政府による対応は副作用が大きいと指摘する(Armey, Dick, "Let Market, Not Government, Deal With Subprime Mortgage Problem", Investor's Business Daily, August 15, 2007)。二つの要素がある。第一にモラル・ハザードの問題である。サブプライムには貸し手・借り手の双方に問題がある。安易な救済は、モラル・ハザードの発生を招き、同じ様な問題の再発を招きかねない。同じく保守派の論客であるジョージ・ウィルは、「借り手への思いやり」を掲げる民主党候補者は、できるならば金利の引き下げにまで進みかねない勢いだとしながら、金融政策が政治から分離されているのは幸運だと指摘している(Will, George, "Folly and the Fed", Washington Post, August 16, 2007)。第二の問題は、住宅市場の調整が終わった後も、規制強化などの対策は残ってしまう点だ。SOX法の見直し論を引くまでもなく、危機への対応は時に行き過ぎた規制につながる。市場の効率性が損なわれれば、かえって庶民の住宅購入が難しくなる可能性も否定できない。

英エコノミスト誌は、ブッシュ政権が保守の政策を真正面から追求しながら満足の行く結果を残せなかったたことを理由に、2008年の大統領選挙を契機に米国の政策は左旋回するだろうと予測する("Is America Turning Left?", The Ecoomist, August 11, 2007)。その上で、こうした変化が諸外国にとって好ましいとは限らないとも警告する。「分配」や「保障」への重点の移動は、時代の要請である。しかし、民主党が市場の力を損ねないための知恵を出せるかどうかは、今後の世界経済の行方にも、少なからぬ影響を与えそうだ。

:::Public Announcement:::



ブルースといえば...(それでこんなタイトルになったというわけじゃ...)。

2007/08/16

High School Musicalと民主党!?

今日もしつこくローブ・ネタと行きたいところだが、余りに暑いので、今日は軽めに失礼させて頂きたい。一応は「民主党はどこまで行けるのか」という話(?)である。

今週末の米国には一大イベントがある。High School Musicalのパート2が放送されるのである。「それって何?」といわれると辛いのだが、ローティーンの女の子が熱狂的に支持するディズニーのテレビ映画で、グリースを現代風に焼き直したような内容だといえば、イメージが沸くだろうか。あまり触手が動かないかもしれないが、米国ではミュージカルになるほどの大人気(Isherwood, Charles, "A Prayerful Three-Pointer From the Orchestra Pit", New York Times, August 11, 2007)。放映日の金曜には、女の子友達が集まって一緒にテレビを見て、そのまま泊まりがけで遊ぶという光景が、全米各地で繰り広げられる(Steinberg, Jacques, "In-Demand Surprise From Disney", New York Times, August 15, 2007)。

そのクライマックスで使われている楽曲が、We're All in This Together。このタイトル、あろうことか最近の民主党の経済政策のスローガンにそっくりなのである。リベラル寄りのシンクタンクであるESIのJared Bernsteinは自著All Together Nowの中で、ブッシュ政権の経済政策を、個人にリスクを押し付けるYou're On Your Own(YOYO)だと批判する。ここで批判されている経済政策こそが、ローブが共和党支配の時代を導く政策として考えていたオーナーシップ社会構想である。そうではなく、民主党は繁栄をみんなで分け合うことを目指すべきだというのが彼の主張であり、そこで提唱されているスローガンが、We're In This Together(WITT)だ。民主党陣営のなかでも、ESIは中道系のハミルトン・プロジェクトと競争関係にあるが、We're In This Togetherというスローガン自体は、ヒラリーを始めとする多くの候補者に借用されている。

お気付きのように、High School Musicalと民主党のスローガンには、微妙な違い(Allの有無)がある。自らのスローガンが、大人気のテレビ映画にダブるとは、それだけ民主党が時代の風にあっているということなのか。それとも両者の微妙な違いは、民主党が今一歩で時代を掴み切れないという展開を暗示しているのか。

いずれにしても明らかなのは、こんなことまで選挙につなげて考えてしまう自分は、よほど暑さにやられているということである。

2007/08/15

ローブの松明を受け継ぐのはヒラリー?

余りに暑い日が続くので、こちらも暑苦しくカール・ローブ論を続けたい。ローブの後世への影響力を測る一つのメルクマールは、2008年選挙への影響力である。その点では、ローブにもっとも近い選挙戦を展開しているのは、意外にも民主党の候補者であるようだ。

ほんの数年前までは、共和党の候補者はブッシュの御墨付きやローブの支援を喉から手が出るほど欲しがるだろうといわれていた。今回の辞任は、各陣営にとって千載一遇のチャンスともいえる。しかし現時点では、このチャンスを活かそうとする候補者は見当たらない。もちろん識者の中には、ローブの保守層へのアピールを引き合いに、早く手に入れた方が良いと指摘する向きもある(Crawford, Craig, "Rove Resignation Just in Time for GOP 2008 Hopefuls", CQ Politics.com, August 13, 2007)。しかし、ブッシュ大統領の不人気を考えれば、その象徴ともいえるローブから距離を置こうとするのは、決して不思議な動きではない。

但し、ローブの選挙戦略自身が否定されるべきものなのかどうかは議論の余地がある。たしかに浮動票よりも基本的な支持者の動員を重視する戦略は、2006年の選挙では役に立たなかった。ブッシュ政権の2期目には、肝心の「基本的な支持者」が減っているという事実もある(Nagourney, Adam, "Rove Legacy Laden With Protégés", New York Times, August 14, 2007)。しかし、無党派層が大きく動いたのは1994年以来であり、10年に一度起きるかどうかの稀な事態だというのも、これまた事実である。

むしろ保守派重視路線の問題は、政策実現能力を著しく損ねた点にある(Green, Joshua, "The Rove Presidency", The Atlantic, September 2007)。党派対立の色彩を強めるのは、選挙戦略としては有効だが、議会で物事を進めるのには向いていない。政策論では歩み寄れる余地がある論点でも、政治的な気運が整わなければ、妥協は実現しない。ローブの世界では、政策運営さえも、次の選挙で勝つための道具に過ぎない。それが透けて見えているのに、どうして民主党が歩み寄って来るだろうか。年金改革が好例である。結果的にブッシュ政権は、選挙での勝利を政策の変更という結果につなげられなかった。このことは、ブッシュ政権の本質的な欠陥である。ローブ無き後のブッシュ政権で、ワシントンでの経験を積んだ実務家が主役になっていきそうなのは、遅きに失したやむを得ない流れなのかもしれない(Rutenberg, Jim and Steven Lee Myers, "With Rove’s Departure, a New Era", New York Times, August 15, 2007)。

一方で、選挙の進め方という点では、ローブと見紛うような戦い方をしている候補者がいる。誰あろう、ヒラリー・クリントンである。Washington Post(Baker, Peter, "The Rove Legacy", Washington Post, August 15, 2007)、New York Times(Nagourney, ibid)の二大紙は、ローブの辞任を伝える記事のなかで、その遺産はヒラリー陣営に引き継がれたという見方を紹介している。またPolitico紙も、ローブの辞任に先立って、両者の類似点を取り上げている(Wilner, Elizabeth, "Clinton emulates Bush campaign tactics", Politico, August 10, 2007)。

具体的には何が似ているのか。例えば、女性であるにもかかわらず、軍事での強さを重視するのは、弱さを強さに変えるブッシュ流の戦法だ。また、あらゆる機会を捉えて相手候補を徹底的に攻撃するのも、選挙戦での「パウエル・ドクトリン(Mark McKinnon)」とでも呼ぶべきブッシュ=ローブの戦い方である。さらに、予備選挙の早い段階から「圧倒的な勝者」というイメージを作り出そうとする点も、2000年のブッシュ陣営にダブってくる。

なかでも両者に特徴的なのは、病的なまでのメッセージの統一性へのこだわり(Nicole Wallace)であり、スタッフの忠誠を重視して、決してリークを許さない鉄の規律である。Hilarylandと呼ばれる、主に女性スタッフで構成されたヒラリーのインナーサークルの結束の固さは、しばしばメディアでも話題になっている(Cottle, Michelle, "Hillary Control", New York Magazine, August 13, 2007)。このように忠誠心の高いスタッフ集団には、選挙活動の不必要な混乱を避けられるという利点がある。民主党の過去の候補者が、ともすれば内紛に襲われがちだったのとは対照的だ。偏った意見しか聞かれなくなるという批判もあるが、2000年のゴア陣営で戦略を担っていたCarter Eskewは、たいていの場合には選挙戦の問題は船頭が多すぎる点にあると主張する。

むしろ「ブッシュ型」のチームが問題になるのは、当選した後の「統治」の段階にある。リークを許さない政権は、得てして秘密主義に陥りがちであり、政策過程がみえ難くなりやすい。そして、グループ思考の弊害、「裸の王様」、「バブルに覆われた政権」といった危険性が高まるのも、実際の政権運営に移ってからである。ローブの本当の罪が政策実現能力の毀損にあるように、Hilarylandの功罪が問われるのも、大統領選挙での勝利という第一の関門を抜けた後なのかもしれない。

2007/08/14

ローブの退場に民主党への教訓はあるか

米国のメディアでは、カールローブ退場に関する論評が花盛りである。いずれにしても、ブッシュ政権の退潮振りが一層はっきりしてきたわけだが、一方で注目されるのは、上り調子の筈の民主党が、どこまで「左」に回帰していくかである。

民主党支持者の間には、今こそ民主党は、「大きな政府」のレッテルを恐れずに、政府の役割を積極的に支援する方向性を明確に示すべきだという意見がある。そのシンボルとなっている出来事が2つある。第一は、このページがお休みを頂いていた8月1日に発生した、ミネアポリスのI-35Wブリッジの崩壊である。The Nation誌等は、インフラ整備には5年間で1.6兆ドルの費用が必要だという研究を引用しながら、イラク戦争の終結までに1兆ドルが必要になることを考えれば、政治的な意思さえあれば十分に対応できる金額だと主張する(Heuvel, Katrina vanden, "A New New Deal", The Nation, August 8, 2007)。さらに同誌は、医療やエネルギー分野など、これまで見過ごされていた分野にも積極的に公共投資を行ない、幅広い中間層に向けた良質な雇用を生み出す必要があると主張する。

もう一つの出来事は、春先から議会で論点になっている、SCHIP(低所得家庭の児童に対する公的医療保険)の拡充問題である。民主党はその大幅な拡充を主張するが、ブッシュ政権は政府の規模拡大に外ならないとして、拒否権の発動を示唆している。American ProspectのPaul Waldmanは、SCHIPの問題こそは、民主党が政府は「問題」ではなく「解決策」になり得ると主張する好機だと主張する(Waldman, Paul, "The Failure of Antigovernment Conservatism", The American Prospect, August 8, 2007)。世論は明らかに民主党の側にあり、共和党の理論武装も弱く、前述のインフラ投資の問題とも絡めて、政府の重要性を主張しやすいからだ。Weldmanに言わせれば、最近の民主党は、保守主義の強さにショックを受け、中道に寄らなければいけないという脅迫観念に取り付かれた、政治的なPTSD患者のようなものだった。しかし、今こそ「保守主義」に「政府の敵」というレッテルを貼る好機だというのが、彼の主張である。

こうした民主党系の識者による論調には、「驕り」の気配が漂っているような気がしてならない。確かに、政府の役割に対する米国民の意識は高まっている。しかしそれは、いかに政府をきちんと機能させられるかという問題意識であって、必ずしも政府の「大きさ」に関する意識の変化とは言い切れないのではないだろうか。大統領選挙の論点として、候補者の「能力」が脚光を浴びているのも、こうした流れの一環だろう。高速道路の補修にしても、8月6~7日にCNNが行った世論調査では、そのための増税には反対するという回答が65%を占めている(Tsikitas, Irene, "No New Taxes (for Bridge Repair)", National Journal, August 13, 2007)。そうであれば、「新たな支出を考える前に、優先順位を再考すべきだ」という8月9日の記者会見におけるブッシュ大統領の発言の方が、有権者の意識には近いのかもしれない。実際のところ議会には、地道な補修工事よりも絵になり易い新規建設に重点的に予算を配分してきたという経緯もある(Saulny, Susan and Jennifer Steinhauer, "Bridge Collapse Revives Issue of Road Spending", New York Times, August 7, 2007)。

カール・ローブは、2004年の大統領選挙で勝利を納めた時点では、「永続的に続く共和党支配の始まり」を夢見ていた。しかし振り返ってみれば、その時こそがローブの頂点であったといっても過言ではない。上り調子に見える時にこそ、足元を見据えなければならない。民主党は、そんな教訓を学べるだろうか。

2007/08/13

The Show Must Go On:夏の日の選挙戦の無常

夏の停滞感も何のその。それでも選挙は続いていく。それが一体何につながるのか。時には物哀しさすら感じさせながら。

8月11日にアイオワ州で、共和党の模擬投票が実施された(Balz, Dan and Michael D. Shear, "Romney Wins Iowa's GOP Poll", Washington Post, August 12, 2007)。結果は32%の得票を集めたロムニーの圧勝。序盤州での戦いを重視する戦略が、先ずは実を結んだ格好である。しかし、幾つかの注意点はある。まず、模擬投票での勝利は、予備選勝利に必ずつながるわけではない。1987年のロバートソンのように、模擬投票では34%の得票を得ながら、アイオワの党員集会すら勝ち抜けなかった例もある。まして今回の模擬投票には、ジュリアーニ、トンプソン、マケインといった大所が参加していない。さらには投票総数も、1999年にブッシュが勝った時(2万3千)の6割程度(1万4千)に過ぎなかった。

一方の民主党は、利益団体のご機嫌をとるために、頻繁に行われる討論会に忙しい(Nagourney, Adam, "Appearing Now on a TV Near You? Surely a Presidential Debate", New York Times, August 11, 2007)。8月だけでも、4日がネットルーツを対象にしたYearlyKosの大会、7日がAFL-CIO、9日が同性愛者支援団体の討論会だった。この後も、各地で労組を対象にしたワークショップが開催される予定である。民主党がここまで忙しいのは、多様な利益団体に支えられているからこそ。それだけに、特定の団体におもねった発言は、本選挙で共和党の候補者に攻撃される材料になりかねない。

もちろん候補者もその辺りは心得ている。どこまで致命的なコミットメントをせずに済ませられるかが、腕の見せ所である。その典型が、最近のネットルーツとの距離感だろう(Smith, Ben, "Candidates court bloggers, avoid commitment", Politico, August 4, 2007)。各候補者は、ネットルーツの重要性を強調し、彼ら個別のアジェンダには賛同の意を示す。しかし、2004年のディーンや06年のリーバーマン予備選に見られたように、「反戦」といった大きな方向性で、民主党がネットルーツに引きずられているわけではない。いわば各候補者は、ネットルーツを「数ある利益団体の一つ」として扱い始めているという指摘もある。結局のところ、ネットルーツといっても、まだまだ中年の白人男性に偏った集団なのである(Vargas, Jose Antonio, "A Diversity of Opinion, if Not Opinionators", Washington Post, August 6, 2007)。

そんな無常感を感じていたら、驚きのニュースが飛び込んで来た。8月末をもって、カール・ローブが辞職するというのである(Gigot, Paul A., "The Mark of Karl Rove", Wall Street Journal, August 13, 2007)。大物の離脱が続いたブッシュ政権だが、遂に来るべき時が来たということだろうか。

ローブはブッシュ政権や共和党の先行きには楽観的である。イラク状勢は増派のおかげで改善に向い、盗聴認可や財政問題では民主党がつまづく。大統領の支持率はいずれ回復するし、何かと批判の多い外交政策でも、テロリストを匿う国はテロ国家と見做されることや先制攻撃の容認は、今後の政権にも引き継がれる。08年の大統領選挙にしても、こらえて大きな論点を主張し続ければ、共和党は勝てる筈だ。

こうしてまた、暑い夏の一日が過ぎて行く。投票日は依然として遥か蜃気楼の彼方である。