2007/10/12

ヒラリーのミス・ステップとKIDS accountの不運

ヒラリーによる貯蓄増進策発表の裏側で、ひっそりと消えていった提案がある。「赤ちゃん債(baby bonds)」と呼ばれる構想である。

ことの発端は、9月後半の議会ブラック・コーカス会合でのヒラリーの発言にある。ここでヒラリーは、生まれてきた子どもに5000ドル相当の債券を発行するというアイディアを提示した。成長に連れて元手となる資金が増えていけば、将来的に大学関連の学費にしたり、住宅購入の頭金にしたりできる。黒人の大きな問題は金融資産へのアクセスであり、「赤ちゃん債」は生涯に亘る貯蓄や富の増進の足掛かりになるというのが、ヒラリーの主張だった。

ところがヒラリーは、間もなくこの提案から距離を置き始める。まずヒラリーは、「単なるアイディアを提示しただけ。議論を期待している」と発言。10月8日のインタビューでは、「他にも優先順位の高い課題があるので、この構想は選挙期間中には提案しないだろう。恐らくは後回しだ」と明言してしまった(Memmott, Mark, "In her own words: Clinton calls 'baby bonds' a 'back-burner' idea", USA Today, October 9, 2007)。

ヒラリーが躊躇した背景には、共和党陣営が典型的な「ばらまき」だとして、即座に攻撃を開始したという事情がある。例えばジュリアーニは、「社会主義者の提案だ」と噛みついた。世論調査でも6割が反対を表明したという。ヒラリー陣営にとっての初めての大失敗であり、中道派としての彼女のイメージは傷付き、本選挙に致命的な影響が及ぶという意見もあったほどだ(Hallow, Ralph Z., "GOP hits Hillary's 'baby bonds'", Washington Times, October 9, 2007)。

有り難くない余波を被ってしまったのが、出生時からの資産構築の重要性を訴え続けてきたグループである。実は欧米では、現代社会での成功には基盤となる資産の構築が重要であり、幼少期からの資産構築を公的に支援する必要があるという議論が綿々と続いてきた。現在の米議会にも、KIDS accountという名称のアカウントを新設し、出生時の一人当たり500ドルの補助金と、中位所得以下の家庭に対する自己拠出額に応じた補助金の追加的な支給を行なうという法案(ASPIRE act)が、超党派の議員によって提案されている。上院ではヒラリーと同じくニューヨーク選出のシューマー議員が賛同しており、かつてはあの(?)デビッド・ブルックスが、「オーナーシップ社会構想の要素を兼ね備えながらも広範な支持を得られる提案」だと推奨したこともある(Brooks, David, "Mr. President, Let's Share the Wealth", New York Times, February 8, 2005)。因みに英国にも似たような制度(Child Trust Fund Account)があるが、もともとは米国の研究者からもらったアイディアを、英国が先行して実現してしまったものである。

「赤ちゃん債」への支持をトーンダウンする過程で、ヒラリー陣営はそもそも念頭に置いていたのはKIDS accountだったかのような発言を行なっている(Calmes, Jackie, "Clinton Has a New Bus, but No 'Baby Bonds'", Wall Street Journal, October 5, 2007)。結果的には「赤ちゃん債」騒動に巻き込まれて、KIDS accountさえもが後回しにされてしまったような格好である。

世界的に格差問題がいわれるなかで、選挙戦の余波でこうした有望な提案が葬り去られてしまうとすれば、極めて不幸な成り行きだと言わざるを得ない。自分としても、本業での調査を含めて、サポートしてみようかと考えているところである。

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