2007/08/10

有権者の本音はToo Much, Too Early?

大統領選挙がこんなに早くから盛り上がるとは、変化を求める米国民の思いは並大抵ではないと思っていた。しかしさすがの米国民も、さすがにこれはやり過ぎだと感じているようだ。

こうした現実が垣間見えた出来事が2つある。第一は、8月2日にピュー・リサーチセンターが発表した世論調査である。この調査では、選挙戦の現状をネガティブな言葉で表現する回答(52%)が、ポジティブな見方をする回答(19%)を大幅に上回った。ネガティブな表現のなかでもっとも多かったのは、「早すぎる」という回答。これに「混乱している」「長すぎる」「印象が薄い」「退屈」といった評価が続く。特にネガティブな回答が多いのは共和党支持者(61%)だが、無党派層でもその水準は55%に達している。それに比べれば、民主党支持者の39%はましな方だが、それでもポジティブな見方(27%)よりも多い。候補者に多大な関心を寄せているという割合も34%に止まっており、6月の33%からほとんど増えていない。共和党支持者に至っては、6月の33%から7月は30%へと減少してしまった。

二つ目の出来事は、8月7日に行われた民主党討論会のテレビ視聴者の少なさだ。今年の討論会は、選挙の前年にしては回数が多く、またテレビを通じた視聴者も高水準で推移していた。6月3日に行われた民主党の討論会は270万人の視聴者を集めているし、共和党でも5月15日の討論会は250万人が見ている。これまでの選挙前年の記録は1999年に共和党が記録した220万人だが、これは12月の開催である(Zenilman, Avi, "'08 debates come early and often", Politico, July 23, 2007)。それだけ今年は有権者の関心が高かったわけだが、AFL-CIOの主催で行われた8月7日の討論会については、蓋を開けてみればわずかに96万人の視聴者。これまでと比べて大幅に落ち込んだ。

こんなことで有権者の関心が持つのだろうかと思っていたら、とんでもないウルトラC(?)があった。投票日の方が近付いて来るかもしれないのだ(Shear, Michael D., "Primary Season Getting Earlier", Washington Post, August 9, 2007)。8月9日にサウス・カロライナ州は、予備選の投票日を2月2日から1月19日に早める意向を発表した。フロリダ(1月29日)に奪われた「南部最初の予備選」の座を取り戻すのが狙いである。そうなると「どこよりも先に予備選の投票を行なうこと」と州法に定めているニューハンプシャーの日程(現在は1月22日)が前にずれる可能性が出てくる。その次には「どこよりも先に予備選を行なう」という州法を持つアイオワの党員集会(同1月14日)がさらに前倒しになる。理論上は今年の12月中旬にも党員集会が開かれかねない勢いだ(Simon, Roger, "Race to be first unsettles campaign", Politico, August 9, 2007)。いくら間が持たないからといって、投票日の方から近づいてくるとは!

もちろん大きな問題はある。本選挙の投票日は動かないのだ。さっさと各党の候補者が決まるにせよ、党大会までもつれるにせよ、有権者が最後の審判を下せるのは来年の11月である。それまでには北京でオリンピックが開かれ、甲子園が3回終わってしまい、恐らく日本では衆議院選挙が済んでしまう。

いやはや、このページも少しペースを落とした方が良いのだろうか...

2007/08/09

「税」への回帰を模索するブッシュ政権:環境は変わっていないのか?

困った時には原点に戻るのは、古今東西を問わない常道。しかし、どこまで戻れるかは別の問題である。

ブッシュ政権は、8月8日に行なったプレスとの会見で、経済政策の目玉を税制に戻す意向を示唆した。特に目を引いたのは、国際競争力の観点から、法人税率の引き下げを検討しているとした点である(Baker, Peter, "Bush May Try to Cut Corporate Tax Rates", Washington Post, August 9, 2007)。ブッシュ政権にしてみれば、2期目に入って年金や移民といった目玉を打ち出したものの、どれも鳴かず飛ばず。民主党と対決するには、第1期の経済政策の中心だった税制に立ち返り、「低い税金を支持する共和党」で臨むしかないという判断があるようだ。確かに民主党は、税制の累進性強化や、増税に向けて歩を進めている。また、ポピュリズムの文脈では、大企業批判も強めている。ここで共和党が法人税減税に動けば、両党の違いが際立って来るようにも思われる。実際にブッシュ大統領は、8月8日に行われたFOXテレビでのインタビューで、「共和党の候補者は大統領から距離を置こうとしているのではないか」と問われたのに対して、「税負担を低くするという大きな論点では、共和党の候補者はそれこそが正しい政策だと理解している」と回答し、「税」を共和党の売りにしていく考えを滲ませた。

もっとも、税制に立ち返るといっても、そこには限界がある。具体的には、ブッシュ政権は一層の減税を提案しようとしているわけではない。法人税率の引き下げは、税収中立の税制改革として検討されている。すなわち、ループホール対策や租税特別措置の見直しによる増税で、税率引き下げによる減税を賄うという考え方である。米国の法人税の特徴は、最高税率が高い割りには(先進国で米国より高いのは日本だけ)、経済規模対比の税収が小さいこと。企業の税回避のために課税ベースが毀損している可能性が高く、この点の是正には、民主党サイドにも異論は少ない。後は増収分をいかに使うかという問題である。両党の意見が一致している訳ではないが、これが単なる法人税減税ならば、民主党に受け入れられる可能性が極めて低くなるのは事実である。民主党は、高所得層の平均税率が下がっている点を問題視しているが、その大きな要因は法人税収にある。吹き始めた累進性強化への風は、法人税減税には逆風だ。

累進性強化に関しては、共和党陣営に足並みの乱れも感じられる。一部の共和党議員が、医療保険改革の一貫として、「負の税額控除」を提案しようとしたのである(Novak, Robert D., "A GOP Muddle On Taxes", Washington Post, August 6, 2007)。「負の税額控除」とは、所得税負担のない低所得層に対しても、控除分を還付する仕組みである。議員に「増税反対の誓い」への署名を求めているAmericans for Tax Reformなどは、「負の税額控除」は減税ではなく歳出拡大だという立場をとっているが、共和党の中にも「公平さ」を主張する動きが芽生え始めているのかもしれない。

繰り返しになるが、税制の分野において、共和党と民主党の立場の違いが消え去ったわけではない。ブッシュ減税の延長問題もあり、税制は大統領選挙の大きなテーマになるだろう。しかし同時に、こうした議論が立脚している「地盤」自体は、ブッシュ政権が誕生した頃の姿から多少なりとも変容しているような気がする。

2007/08/08

How Low Can You Go? :民主党候補「保護主義化」の本当のリスク

大統領選挙の文脈で、民主党が保護主義の方向に動いているのは事実である。しかし、その度合いについては、冷静に見極める必要がありそうだ。

8月7日に民主党の候補者による討論会が開催された。主催は労組の元締めであるAFL-CIO。野外のフットボール・スタジアムを会場に、1万7千人の労組関係者を集めて実施されたというのだから、何とも壮観である(Balz, Dan, "Obama and Clinton Take the Gloves Off In AFL-CIO Debate", Washington Post, Auguat 8, 2007)。

この討論会は、各候補者にとっては、大きなトラップになる可能性があった。これだけの労組関係者を前にすれば、ついつい左に傾いた発言をしたくなるのが人情というもの。しかし、余りに左に進みすぎれば、本選挙での足枷になりかねない。さらにいえば、首尾良く大統領に当選出来た場合でも、今度は労組にお返しをしなければならなくなる。

もちろん労組も、その辺りの力学は心得ている。予備選で持っているレバレッジを最大限に活かして、いかに候補者から言質を取るかが、労組の腕の見せ所である。特に労組にとっての大きな論点である通商政策に関しては、比較的労組に近いといわれるエドワーズのスタンスをメルクマールにして、オバマやヒラリーを保護主義の方向に引きずろうとしているようだ(Chipman, Kim and Nicholas Johnston, "Edwards's Stance on Trade May Attract Union Support", Bloomberg, August 7, 2007)。エドワーズは、討論会前日に通商政策に関する公約を発表している。「エドワーズの議論に近付けるのか?」というのが、有力候補に対する労組からの問い掛けである。

ところが、肝心の討論会での通商政策を巡る議論で、観衆から一番の喝采を浴びたのは、エドワーズではなかった。確かにエドワーズは、NAFTAを見直し、労働基準や環境基準の強化を義務付けるべきだと主張した。他の有力候補者達も、程度の差こそあれ、概ね同じ様な趣旨の発言を行なった。しかし、観衆がもっとも沸いたのは、最後に発言したクシニッチの時だった。何とクシニッチは、NAFTAだけでなく、WTOからも脱退すると明言した。その時の観衆の盛り上がり振りは、尋常ではなかった。見方を変えれば、いくら労組に媚びるといっても、エドワーズを含めて、そこまで踏み込む有力候補者はいないのだ。

もう一度エドワーズの通商政策を見直してみよう。その内容で目を惹くのは、最近の中国からの輸入品の安全性に関する問題に絡めて、消費者の視点から、輸入品への監視強化を訴えている点である(Healy, Patrick and Michael Cooper, "Democrats Campaign on Mortgage and Trade Issues", New York Times, August 7, 2007)。しかしそれ以外の部分については、それほど新味のある提案がある訳ではない。労働・環境基準や、為替操作の問題などは、むしろ既にお馴染みの議論になっている感がある。

有力候補者の通商政策には、労組の支持を視野に入れて、互いの出方を見比べながら、歩を進めている側面がある。オバマとエドワーズの標的は、いうまでもなくヒラリーである。両者がNAFTAを取り立てて批判するのは、これがクリントン政権の遺産だからだ。また討論会では、両候補は通商政策の問題は企業の利益ばかりが反映されている点だと強調し、むしろ「体制派」の候補であるヒラリー批判につなげようとした。一方のヒラリーは、こうした攻め方をされると分かっているからこそ、左寄りのスタンスを取る。また、反戦機運の強いアイオワでバランスを取るためには、通商では左に寄らざるを得かったのではないかという指摘もある(Heilemann, John, "Marital Discord", New York, July 16, 2007)。

このように、候補者の保護主義化が予備選の必要性に迫られた計算づくのポジションに過ぎないのであれば、実際に民主党政権が誕生した後の展開は、それほど心配しなくても良いという議論もあるかも知れない。しかし、そこには見逃せないリスクがある。グローバリゼーションに対する有権者の不安感はリアルだ。かたちだけの「保護主義」でお茶を濁そうとすれば、結果的にもっと性質の悪いバックラッシュを招きかねない。思い返せば、クリントン大統領の自由貿易路線には、少なくとも理論的には「人的投資の充実」という積極的な対応策が組み込まれていた(Heilemann, ibid)。そうした知恵を出すことこそが、民主党の候補者には求められているのではないだろうか。

2007/08/07

〈お知らせ〉表示の不調について

taste of unionは、8月7日から更新を再開していますが、何故かトップ・ページに最新版が表示されない障害が発生しています。恐縮ですが、アーカイブの8月のところから、アクセスしていただければ幸いです。

しかし、しばらく休んでいた報いでしょうか…

Dance, Dance, Dance:オバマの「外交攻勢」に潜むリスク

ヒラリーに今一つ追いつけないオバマ。外交政策での論争を局面打開のきっかけにしたいところだが、ヒラリー陣営の落ちついた対応によって、かえって「経験の差」が浮き彫りになる危険性もありそうだ。

ここ数週間でオバマの外交政策に関する資質が問われる出来事が立て続けに3件発生した。そもそもの始まりは、7月23日の討論会。ここでオバマは、「就任後1年以内にイラン等の敵対国の独裁者と前提条件なしに会談するか」という問い掛けに、肯定的な解答をした。これに対してヒラリーは、宣伝目的に使われるかもしれないのに、軽々しく会うべきではないと反論。オバマの立場を「無責任で正直ナイーブ」と皮肉った。他方のオバマも、「無責任でナイーブといえばイラク開戦に賛成したこと」と切り返し、ヒラリーを「軽量級のブッシュ・チェイニー」と反論するなど、今予備選初の批判合戦に発展した(Tapper, Jake, "Obama Delivers Bold Speech About War on Terror", ABC News, August 1, 2007)。

これに続いたのが、8月1日にオバマが行なった、テロ対策に関する演説。なかでも注目を集めたのは、アルカイダの指導部掃討のためならば、パキスタン政府の了解が得られなくても、米軍による同国への軍事展開を排除しないとした点である。第一の発言と併せると、いわばヒラリーを左右から挟撃する形になったからだ。直接交渉路線は明らかにハトな派な印象だが、パキスタンへのスタンスはブッシュ政権に近い。それどころか、援助を梃子にパキスタン政府にテロ対策強化を求めるとしている点などは、むしろブッシュ政権よりもタカ派ともいえる(Richter, Paul , "Obama talks tough on Pakistan, terror", Los Angels Times, August 2, 2007)。

オバマが外交政策で積極的に仕掛けているのは、「実績」を切り札に着実にリードを広げているヒラリーに対して、自らにも指導者たる力量があるところを示そうとする狙いからだろう。加えて、対話路線の強調などは、オバマの「売り」である「変化」をも重ね併せようとする欲張りな側面も感じられる。

しかし、オバマの一連の発言は、かえってその力量に疑問符が付きかねないリスクがある。既にヒラリーに批判されている独裁者との対話もさることながら、パキスタンへの強硬姿勢に関しても、同国の政情不安を招きかねないとの批判がある(Brookes, Peter, "BARACK'S BLUNDER", New York Post, August 2, 2007)。また、ハト派とタカ派の混在は、オバマの反イラク戦争路線を支持している勢力を戸惑わせている(Richter, ibid)。外交評議会のMax Bootなどは、「対話問題での失地回復を狙ったのかもしれないが、墓穴を掘ってしまったら、先ずは穴を掘るのを止めるのが先決だ」と手厳しい(Horrigan, Marie, "Obama's Foreign Policy Speech Leaves Room for Dabate", CQPolitics, August 1, 2007)。

さらに状況を複雑にさせたのが、第三の出来事である。8月2日に行われたAP通信とのインタビューでオバマは、ビン・ラディンの掃討には核兵器を使用しないと明言した。核兵器には抑止力としての側面があるため、歴代の米国の指導者は、その使用基準を敢えて曖昧にしてきた。すかさずヒラリーは、「仮定の質問には答えるべきではない」という大人の発言で、オバマを牽制している(Luo, Michael, "Nuclear Weapons Comment Puts Obama on the Defensive", New York Times, August 3, 2007)。

オバマ陣営は、一連の発言はオバマが大胆な決断を下せることの現れであり、ヒラリーに代表される「ワシントンの常識」こそが時代遅れなのだとして、あくまでも強気の態度を貫いている。また、個別のスタンスに関しては「(対話路線について)諸外国の期待という点では明白にオバマの勝ち...ヒラリーの回答は振付けられていなかったまれに見る失敗(ブルームバーグのアルバート・ハント(Hunt, Albert R., "`Rock Star' Obama in Harmony With U.S. Allies", Bloomberg, August 6, 2007))」「(核兵器を使わないというのは)明らかに正しい解答(ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン(Kornblut, Anne E., "Clinton Demurs On Obama's Nuclear Stance", Washington Post, August 3, 2007)」等と評価する向きもある。しかし、核に関する発言を取り消そうとするなど、どこまで計算づくなのかという点には疑問が残る。もしかすると、きちんと振りつけられていたのは、第二の発言だけかもしれないとすら思えてしまう。

仮に一連の発言がオバマの「大胆さ」の現れであったとして、果たしてそれが有権者の嗜好にあっているのかという視点も見逃せない。Roll CallのMort Kondrackeは、オバマの発言を「外交経験のないテキサス州知事の発言のように聞こえる」と指摘する(Kondracke, Mort, "Obama's Foreign Vision Is Exciting -- And Also Naive", Roll Call, August 2, 2007)。広範なアジェンダを展開するのは結構だが、そこには優先順位や限界・困難さ、さらには慎み深さといった感覚がなく、傲慢さと経験のなさが染み出している。とくに「対話すれば説き伏せられる」という主張には、ブッシュ大統領につながる傲慢さが感じられるというのだ。大胆という意味ではケネディ大統領を髣髴とさせる面もあるが、そのケネディの思い上がりがキューバ危機を招いた。今の米国民に必要なのは、危機を回避できる経験の持ち主ではないのだろうか?

対照的に際立つのはヒラリーの落ち着きである。既に述べたように、ヒラリーは2つの出来事ではオバマを批判したが、パキスタンについては発言を控えている。結果的にヒラリーは、自身の外交政策の選択肢を一切失っていない。大胆さには欠けるが、「大人の対応」に映るのは事実だろう。

ヒラリーとオバマの支持率は、ここ数週間でジリジリと開いている。今の局面でヒラリーにとって大切なのは、明らかなトップ・ランナーであるという印象を有権者に植え付けることであって、無用な冒険は必要ではないという判断は可能である。仕掛けなければいけないとすれば、オバマの方だ。オバマの「大胆さ」が有権者を振り向かせられるのか、それとも観音様の掌中で踊る孫悟空と映るのか。お手並み拝見である。

2007/08/06

One More Night…

大変勝手ながら、諸般の都合により、State of the Unionの更新再開は、明日8月7日からとさせて頂きます。

休筆させて頂いている間に、米国では橋が落ち(!)、オバマの外交政策論がちょっとした騒動になりました。他方でメディアには、ジュリアーニやトンプソンの奥さん、さらにはチェルシー・クリントンの話題が飛び交っており、いかにもニュース枯れのDog Daysの感が漂ってきました。

それでも本ページは、暑苦しく更新を再開する所存です。一日遅れとなってしまいますが、宜しくお願い致します。

2007/07/30

Vacation (All I ever wanted)

いつもお寄りいただきありがとうございます。さて、このたび、思い切って1週間ほど夏休みをいただくことにしました。その前にエントリーをしようとおもっていたのですが、入力用の携帯電話を家において出社してしまいました(...)。

ハングリーさを取り戻して、遅くとも8月6日には戻ってまいります。

どうぞよろしくお願いいたします。

<追伸>
日本の選挙結果を報ずる米国の報道をみていると、自分の国の事情と重ね合わせているような気がしてなりません。なにせ、「信念」とイデオロギーを重視した政治を行おうとしたリーダーが、庶民の経済的な心配事がわかっていないとして、選挙で手痛い洗礼を受けたわけですから。ついでにいえば、政治家のスキャンダルが連発したところも似ています。

同じアナロジーで考えると、日本の有権者も、リーダーの信念の良し悪しはともかく、そもそも政府を運営する「能力」に疑問を抱いているように思えます。不謹慎を承知でいえば、年金番号の記録問題は、ハリケーン・カトリーナーであり、ウォルター・リード陸軍病院です。

日本では、「年金番号問題は些細なこと」「選挙は国の大きな方向性を問うべきもの」といった議論があります。それはそれでもっともですが、同時に、総理大臣というのは行政府のリーダーだという事実も忘れてはなりません。そのもっともプライマリーな仕事は、行政府をきちんと運営すること。リーダーにその責任がないのであれば、誰にも責任などありはしません。

「有権者の声を聞く」ことは、ともすれば「質の低い政治」だと思われがちです。確かにその危険性はあるでしょう。しかし、正しいと思うことをわき目も振らずに実行すればよいのであれば、それは民主主義とはいえません。目指すべき「信念」を、有権者のニーズとどうマッチさせていくのか。どうやって説明していくのか。それこそが政治家に求められている「知恵」だと思います。米国で、自由貿易を守るための政治的な知恵が求められているのと同じです。

米国政治を象徴する言葉として、All Politics is Localがあります。これは、単に「地元利益だけを考えた政治をしろ」というだけの格言ではありません。「国の大事といえども、地元にきちんと説明できることが大切だ」という意味があるのではないでしょうか。米国というのはそういう国です。

さて、皮肉なことに、リーダーの不人気が同じ党の議員を直撃したのも日米で共通しています。今度は、次の選挙をにらんで議員達がリーダーとの距離感をどう取るのかが鍵になる。

妙なところで日米がリンクしているように思えてしまいます。