2008/01/09

For the Record : Devils in NH

一夜明けて、昨日の結果についてはさまざまな分析がある。思い切りはずしてしまった評論家たち(人のことは言えないが...)のいい振りは楽しみではあったが、あまり読み込む余裕がなかった。勇んでいつもより早く家を出たら、通勤電車がブレーキ故障で立ち往生。乗り換えさせられた満員電車に閉じ込められてしまったのだ(思い切り焦げたにおいがしました)。

仕方がないので、とりあえずDavid Brooksのコラムを紹介しておく。共和党予備選での投票者が多かったことを指摘しているところなどは、さすがにそつがない(Brooks, David, “Surprise Parties”, New York Times, January 8, 2008)。

ここでは、例によって数字を整理しておきたい。

投票結果はここ

①民主党
クリントン:39%
オバマ:36%
エドワーズ:17%

②共和党
マケイン:37%
ロムニー:32%
ハッカビー:11%
ジュリアーニ:9%
トンプソン:1%

入り口調査については、NYTだけでなく、CNNMSNBCにも出ている。それぞれ結果を出してくれる設問が違うので面倒だが、まずは民主党について、ざっくりと見比べてみた。

気づいた点は二点ある。

第一に、ニューハンプシャーでヒラリーを支えた支持層として、女性・低学歴・暮らしの厳しい層という絵柄が浮かび上がってくる。アイオワでは女性はヒラリーよりオバマを支持したが、ニューハンプシャーではこれが逆転した。また、学歴が低くなるほど、そして、家族の経済状況に対する見方が厳しくなるほど、ヒラリー支持が高くなり、オバマ支持が低くなる。オバマとヒラリーの支持層を評して、「ワインとビール」という言い方がされたが、ニューハンプシャーではこうした傾向が鮮明に出た。経済問題を重視する層がヒラリーを選んだ割合も、アイオワの26%に対してニューハンプシャーは44%と極めて高くなっている。前述のコラムでDavid Brooksは、「労働階級の女性(ウェイトレス・ママ)はヒラリーを支持し続けた」と指摘している。暮らしに密着した問題意識が、ヒラリーの背後にはあるのかもしれない。

投票日の前日に「散文より詩」と書いていたE.J.ディオンヌは、しぶしぶ前言を撤回しながら、「暮らしに問題意識をもつ人たちは、具体的な提案を求めているのかもしれない」と指摘している(Dionne, Jr., E.J., ”Hillary's Winning Wonkery”, New Republic, January 09, 2008)。そこで引き合いに出されているのが、後期のクリントン大統領が一般教書演説で細かい提案を並べ立てたときのことである。こうした演説は評論家には不評だったが、世論調査では好評だった。ちなみに、当時「小さな提案戦略」の背後にいたのは、今回ヒラリーが負けていたら立場が危うかったといわれる、マーク・ペンである。

第二に、ニューハンプシャーで負けたのは、オバマではなくてエドワーズではないかということだ。アイオワと比較した場合、ヒラリー票が伸びている層には、エドワーズ票が減少している層との重なりが目立つ。

例えば女性票である。たしかにヒラリーの女性票は30%から46%へと増加しているが、オバマの女性票は35%から34%へと微減したに過ぎない。他方で、エドワーズの女性票は23%から15%へと大きく減っている。

また、前述の暮らしに密着した問題意識をもつ層は、エドワーズからヒラリーへと流れた雰囲気がある。例えば、経済を重視する層の場合、ヒラリー票が18ポイント増加している一方で、オバマ票は1ポイントの微減。エドワーズ票は9ポイント減少している。「自分のような人のことを考えてくれること」を重視する層でも、ヒラリー票が17ポイント増加したのに対し、オバマ票の減少は3ポイント、エドワーズ票は7ポイント減である。こうしたエドワーズ票の流れをみると、今後のヒラリーの経済政策の方向性には要注意かもしれない。

ちなみに、エドワーズの苦境はこれにとどまらない。変化を実現できることを重視する層では、ヒラリー票が9ポイント伸びているが、オバマ票も4ポイント伸びている。対するエドワーズは6ポイントの減少である。11月の本選挙での当選可能性を重視する層では、オバマが29ポイント増加させた一方で、エドワーズは15ポイント減少させた(ヒラリーは4ポイント減)。

いよいよマッチレースの様相を呈してきた民主党予備選。エドワーズとその支持者の行方は、大きなかく乱要因になりそうだ。

2008/01/08

Come Back Girl !?

言葉もない。

時間も資料も無いので、分析はこれから昼を迎える日本の皆さんに任せたいと思うが、ここ数日の当地のメディア・評論家のトーンが、すべて覆された格好である。世論調査もほとんど間違っていた。

それだけ有権者が真剣だということなのだろう。

インスタントな情報を見る限りでは、①女性票がヒラリーに動いた、②無党派層がマケインに流れた、ことがオバマ票の伸び悩みにつながったようだ。前者はヒラリーの感情の発露が、後者は事前のオバマ優勢論のあまりの強さが影響しているように思われる。

民主党の行方は混沌としてきた。オバマ陣営は、アイオワであまりに強かったがために、期待をコントロールしきれなかった。ヒラリー陣営はのどから手がでるほど欲しかった勝利だろうが、これで起死回生の大胆な方向転換はできなくなったかもしれない。続くネバダ、サウスカロライナではオバマ有利ともつたえられており、戦略の立て方は却って難しい側面もあるだろう。

見逃せないのはマケインの復活だ。無党派層がマケイン勝利をもたらしたとするならば、マケインはオバマに勝ったという議論も可能であり、「本選挙で勝てるのは誰か」という部分で強みを発揮するかもしれない。他方で、無党派層に偏っていけば、エスタブリッシュメントのマケイン嫌いがまたぞろ顔を出すかもしれない。

しかし、すごい選挙だ。

明日の朝起きてみたら、実はオバマが勝っていた、とか、誰かが演説で叫んで顰蹙を買っていた、なんてことがないといいのだが。

追伸:ヒラリーの勝利演説をみた。"I found my voice"には泣かされたが、全般的にはやはりオバマにはかなわない。しかし、有名どころの支援者を従えずに、一人で演壇に立った姿に、今後の反転攻勢のきっかけが垣間見えたような気もする。

願わくは、バックグラウンドにいた若い学生諸君。せっかくなんだからちゃんと演説を聞くように!

2008/01/07

The Way She Lose

涙ぐんだ(ように見えた)だけでニュースになるなんて、と思う向きもあるかもしれない。しかし、大統領選挙を勝ち抜くというのは大変な話なのである。

ニューハンプシャーのイベントで、ヒラリーが涙ぐんだという報道があった。「どうやって毎朝起き上がって戦い続けられるのか?」という問いに対して、「簡単ではない..正しいことだと心から信じていなければとても続けられない」と答えた時のことだ。友人によれば、ヒラリーが公の場で涙をみせるのは10年に一度の出来事だという(Healy, Patrick and Marc Santora “Clinton Talks About Strains of Campaign”, New York Times, January 7, 2008)。

ヒラリーの選挙戦については、「人間らしさ」をもっと出すべきかどうか、といった議論があった。政策通の部分を強調するヒラリーは、時に有権者とのつながりに欠けるように映る。その一方で、女性として大統領を目指す以上、感情的な弱さはみせるべきではないという指摘もあった。しかし、今回の出来事は、こうした方法論を超越した瞬間だったように思えてならない。大統領選挙というのは自らの全人格をさらけ出す戦いである。メディアや対立候補には叩かれつづけた上に、結果は残酷なまでに明白に出てしまう。勝利にたどり着けなければ、自らの人格を米国民に否定されたように感じてしまってもおかしくない。

どうやって続けられるのか。ヒラリーにとっては厳しい時間帯である。

ヒラリーの置かれた状況の厳しさを最も的確にあらわしているのは、誰あろうヒラリーの発言である(Simon, Roger, “Can you win on dull?”, Politico, January 7, 2008 )。ヒラリーは「キャンペーンは詩だが、施政は散文である」というクオモの発言を引用する。「(オバマが)人々を感動させる演説ができるのはすばらしいが、カメラが去った後で、タフな決定を行えるのは自分だ」。そんな自負である。実際に、最近のオバマの演説は、細かい政策にはほとんど触れず、「融和」「変化」といった大きなメッセージで聴衆を盛り上げる。一方のヒラリーは、広範囲な政策分野での提案を次から次へと披露する。

もっとも、有権者は必ずしも政策通を好むわけではない。むしろ時に「詩」を求めるのが現実である。「オバマの訴える変化には中身がない」という意見もないわけではないが、それをかき消すだけの熱気が今のオバマにはある。「変化」の形容といい、ヒラリー陣営の状況の表し方は見事というほかは無いが、皮肉なことに、そこで切り取られた状況が示すのはヒラリーの苦境である。

ヒラリー陣営には、ニューハンプシャーの先行きを案ずる向きがあるようだ(Allen, Mike and Ben Smith, “Hillary advisers fear N.H. loss”, Politico, January 6, 2008)。アイオワでヒラリーが獲得した支持は、従来の年であればトップになるのに十分だった。しかしオバマの動員力はすさまじかった。ニューハンプシャーでも同じ現象が起きれば、ヒラリーの勝利は遠くなる。さらにヒラリー陣営には、ニューハンプシャーでの敗北は、サウスカロライナでの敗北につながるという覚悟がある。オバマが勝てる可能性が見えてきた中で、黒人票が急速にヒラリーから離れているからだ。勝負となるスーパーチューズデーまでに、ヒラリーが明示的に立ち直りを示せる機会はおそらくない。

ニューハンプシャーで敗北した場合には、ヒラリー陣営は何らかの「動き」を見せる必要に迫られるという見方もある。トップの交代というのは常道だが、ヒラリー陣営のトップは長年の腹心であり、これを切るのはヒラリーらしくない(世論調査担当のマーク・ペンはずいぶん批判されているようだが...)。ゴアは選挙対策本部をワシントンからテネシーに移したが、ヒラリーが事務所をニューヨークに移してもインパクトが無い。Politico紙は「名前の通った人間(クリントン政権関係者)をスタッフに加えるのではないか」と指摘するが、有名どころの多くは既にヒラリー陣営にいる。今になって新たに誰がヒラリー陣営に乗り込んでくるだろうか(ゲームを変えるとしたらゴアだが...)。

「負け方」が問われるというの辛いものである。

2008/01/06

For the Record : What Happened in Iowa (...left in Iowa?)

遠い昔のように思えるが、アイオワの結果を数字でたどれるようにリンクを整理しておこう。

まずは党員集会の結果

①民主党
オバマ:37.6%
エドワーズ:29.7%
ヒラリー:29.5%

②共和党
ハッカビー:34.4%
ロムニー:25.2%
トンプソン:13.4%
マケイン:13.1%

そして入り口調査の結果はこちらこちら

投票結果と比べるとクリントンのパーセントがエドワーズを上回っている点で整合性がないが、この辺は党員集会の妙かもしれないし、そもそも入り口調査という手法の限界かもしれない。

民主党側で興味深いのは年齢構成。若い人ほどオバマ支持が強く、年齢が上がるとヒラリー支持が上がる。またオバマは独身層で圧倒的に強いが(43-24)、既婚者ではほぼ同じ(28-29)。変化vs経験では、前者重視がオバマ(51-19)、後者重視がヒラリー(5-49)と、この辺りは陣営の計算どおりだろうが、全体に占める割合という点で前者が圧倒的に多かった(52-20)。面白いのは、少ないながら本選挙で勝てることを重視する層(8)では、エドワーズを選ぶ割合が高かった(36)。

政治信条に関する分析も見逃せない。「融和」を訴えるオバマだが、実は支持が強いのはリベラル層(オバマ:40、エドワーズ:16、ヒラリー:24)。穏健(33-22-31)、保守(21-42-22)と右に動くに連れてオバマの支持は減る。また従前から指摘されていたように、所得が高くなるほどオバマ支持は高い(5万未満:34%、5~10万:34%、10万~:41%)。高所得のリベラルが、なぜ「融和」のオバマを支持するのか。この点は、掘り下げる必要がある。

共和党の場合、所得という点では低所得ほどハッカビーの支持が高く、高所得になるとロムニー支持が上回っている。ハッカビーのポピュリズム的経済政策と照らし合わせても、理解しやすいところだろう。政治信条では、左にいくほどマケイン支持が高くなっており、これもわかりやすい。年齢では低いほどハッカビー支持が高い。所得・年齢のクロスでは、オバマとハッカビーはねじれた関係にあるようだ。

民主党と共和党の比較で気づくのは二点。第一に、重視する争点について、民主党側ではトップ3に入っていない移民問題が、共和党側ではトップである。第二に、投票する際に重視する要素として、双方共に本選挙で勝てる可能性を重視する割合が低い(ともに8%)。

アイオワが米国の代表というわけではないが、全てが終わったときには鍵となった投票だったと評価される可能性は高い。整理しておいて損のない数字ではあるだろう。

2008/01/05

Don't Be Cruel, New Hampshire...

世論というのは酷なものだ。アイオワでの躓きは、既にニューハンプシャーに波及している。RealClearPoliticsによれば、ニューハンプシャーでヒラリーとロムニーの支持率が明らかに落ちている。民主党ではオバマ、共和党ではマケインがトップに立っている状況。いずれの候補も、強みにしようとしてきた「勝てる候補」というオーラが剥がれ落ちようとしているようだ。

ヒラリーの場合、CNNの調査では「最も勝てる候補」と見る割合が36%と前回調査から9ポイント低下、35ポイントのオバマにほとんど並ばれた。安定感・確かさといったヒラリーのイメージが揺らいでいる(Steinhauser, Paul, “Poll: Clinton, Obama tied in New Hampshire”, CNN, January 5, 2008)。オバマは、「経験のなさ」が弱点とされてきたが、アイオワでの勝利によって一つ壁を抜けたような感じがある。一時は「次の大統領は確実」とみられていたヒラリーを破ったのだから、不安だった有権者もオバマ支持に踏み切りやすくなったはずだ。92年にクリントンが躍進してComeback Kidの名前を獲得したニューハンプシャーは、ヒラリーにどんな結果をつきつけるのだろうか。

ヒラリー陣営には、仮にニューハンプシャーで負けたとしても、最終的にはスーパーチューズデーに勝負をかけるだけの体力はある。しかしComeback Ladyとなるためには、どこかで現在のストーリーラインを変えなければならない。言い換えれば、ニューハンプシャーで負けたとしても、反転攻勢の糸口がみつけられさえすれば、ヒラリーにとっても悪くない結果とみなければいけない。つまり、負け方が肝心なのだ。

共和党の状況は複雑だ。ニューハンプシャーは宗教色がそれほど強くない。組織・資金に劣るハッカビーが勢いを維持するのは簡単ではない。他方で、本来のトップランナーだったロムニーは、勝つべきアイオワでの敗北で大きく傷ついた。全国規模でリードしていたジュリアーニはフロリダ以降にかける戦略であり、存在感は薄い。その間隙を縫って浮上したのがマケインという展開である。ニューハンプシャーでロムニーが敗北すれば、指名争いから大きく後退するのは必然。共和党エスタブリッシュメントがマケインに回帰することになれば、なんとも皮肉な展開である。

興味深いのは、オバマとマケインはいずれも無党派層の支持が強いという事実だ。ブッシュ政権下で党派対立の度合いを強めた米国は、その振り子を一気に戻そうとしているようにも見える。仮に彼らが本選挙に進めば、同じ支持層を取り合う格好になる。そうなると、両者の意見が最も違う部分、すなわち、イラク戦争に論点が回帰する可能性も指摘できる。

しかし、ここに来ての状況の変化の速さは、眩暈を覚えるほどだ。これまで1年間の選挙戦は何だったのだろうとすら思ってしまう。

お楽しみはこれからである。

アイオワ追想:Reach Up (and Touch the Sky)

アイオワ党員集会が終わった。結果はみなさんご存知の通り。ある程度は予想されていたとはいえ、劇的な結果といっていいだろう。民主党・共和党の双方で、「新星」が勝利を得たというのは特筆に価する。

しかし、正直なところ、米国の選挙を追うのは日本の方が楽かもしれない。結果が出たのは当地の夜10時台で、とりあえず当日の報道に目を通すのが精一杯。翌日になればニューヨークは米経済の見通しで持ちきりだから、振り返れるのはようやく深夜に帰宅してからという始末である。

それでも、遅ればせながら四つの点を指摘したい。

第一に、民主党と共和党の勢いの差である。党員集会で驚かされた数字は23.9万と12万だ。これはそれぞれ民主党と共和党の党員集会への参加者の数である。民主党員集会への参加者は、2004年の12.4万人をはるかに上回った。共和党も2000年の8.8万人を上回ってはいるが、その差は歴然である。本選挙を視野に入れれば、この数字の違いは無視できない。オバマの勝利が無党派層に支えられている側面がある点を考えればなおさらだ。オバマとハッカビーの勝利という結果をみる限り、無党派層が民主党に傾く一方で、共和党側では残ったコアな支持層である宗教保守の影響力が目立った格好である。

第二に、「変化」のメッセージが色濃く反映された結果だということである。民主党については言い尽くされた感があるが、共和党側についても同じことがいえそうだ。勝負をかけながら惨敗したロムニーは、本来ならば北部の州知事として「変化」のメッセージを出せる立場にあった。しかしロムニーは、「保守の3本の足(経済、外交、社会)」という概念を使い、専ら主流派としての戦いを行おうとした。同じく主流派になろうとして失敗しそうになったマケインと同じ轍を踏んだようにすらみえる。いずれにしても、メディアとしてはストーリーラインを作りやすくなったのは確かだ。

今回の選挙のキーワードは、「変化」と「能力」だと考えている。有権者の現状に対する強い不満が、「変化」を求めるうねりを起こしている。その一方で、ブッシュ政権の政権運営能力の無さへの幻滅や、戦争・テロの危険性は、「能力」のある候補者への欲求につながる。こうした構図に変化はないと思うが、イラク戦争やテロの懸念が後景に退き、むしろ経済問題が浮上する中で、「能力」よりも「経験」の比重が高まりつつあるように見受けられる。ヒラリーやロムニー・ジュリアーニには有難くない構図だろう。とくに「過去」の候補というレッテルを貼られかけているヒラリーは、むしろ90年代=クリントン政権の栄光を前面に押し出し、「経験」を切り札に反転攻勢に出ようとしているともいわれるが、諸刃の剣と言わざるを得まい(Smith, Ben, Jim VandeHei and Mike Allen, “HRC team retools strategy, predicts N.H. win” , The Politico, January 4, 2008)。。

第三に、「変化」のメッセージとして、「融和」が浮上している点だ。オバマのメッセージの肝は、変化を起こすには党派対立を超える必要があるという点にある。アイオワでの勝利スピーチは、2004年の民主党大会を想起させるような、「融和」の主張だった。目を引いたのは、ハッカビーもその勝利スピーチの中で、「融和」を意識した発言を行った点である。「アメリカ人は変化を求めている...その変化は私たちの挑戦が米国をもう一度結び付けなおす点にあると理解し、単に民主党や共和党というのではなく、米国人であることをもう一度誇りに思えるようにすることから始まる」という発言は、オバマのスピーチであっても不思議ではないような内容である。宗教右派は「非妥協的で攻撃的」という固定観念があるが、その辺りも見直す必要があるかもしれない。

第四に、「変化」「融和」といったメッセージが前面に出た反動で、具体的な経済政策という点では、比較的詳細さに欠ける候補が勝利を収める結果になった。民主党陣営では、エドワーズとヒラリー陣営の政策提案の完成度の高さは出色である。これに対して、オバマの提案はメッセージ性こそあるものの、内容面では一歩見劣りする。ハッカビーについては、Fair Taxに代表される面白い提案はあるが、なにぶんアドバイザーにも事欠く状況であり、政策の中身まで本人が詰めきれているとは到底思えない。この点でも、メッセージ優先の選挙結果ということができる。予備選挙中の政策論の必要性についてはかねてから議論がある。一つの主張が、選挙中の公約をそのまま実現できるわけではないのだから、むしろメッセージを大事にすべきだというものだった。アイオワでの結果は、こうした主張を裏付けた格好である。政策屋の自分としては、必ずしも有難い展開ではないが...

いうまでもなく、次のニューハンプシャーも大きな山場である。とくに民主党側では、ここでヒラリーが歯止めをかけなければ、状況はかなり苦しくなる。

注目されるのは、やはり無党派層の動向。無党派層がオバマに流れれば、ヒラリーにとって苦しいだけでなく、ニューハンプシャーでの勝利を目論むマケインにも打撃になりかねない。さらにいえば、無党派層の存在感の高まりは、いまだに参戦の機会をうかがっているようにみえるブルームバーグにも魅力的に映るかもしれない。

もう一つは、エドワーズ(票)の行方。エドワーズにとって、2位というアイオワでの結果は3位よりはましという程度。エドワーズは2位になるのならオバマに勝たなければならなかった。そうでなければ、ヒラリーを破ったオバマというストーリーラインだけが目立ち、両者の対決という構図が固まってしまう。エドワーズの存在感は低下せざるを得ず、Dead Man Walkingという評価もある始末だ。しかし、仮にエドワーズが撤退するとなれば、その票の行方は大きなインパクトを持つ。選挙戦がヒラリーを中心に回っていたために、エドワーズ票もオバマに流れやすい印象があるが、果たしてどうか。そうなれば、一気にオバマが有利になる。本人の言動を含めて見逃せない。

大きな「揺れ」を起こしたアイオワ。久しぶりに震えるような選挙の予感が走った。スーパーチューズデーまでの一ヶ月、経済にかかりっきりのニューヨークで、じりじりさせられる日が続きそうだ。

2008/01/02

アイオワ前夜のポピュリズム

あっという間にアイオワ党員集会前夜になってしまった。当地のマスコミは、いずれの党でも、一時のトップランナーが危うくなっているというストーリーラインで共通している。予備選挙の前倒しは、序盤州の存在感を低下させるとの見方もあったが、今のところはアイオワが全てであるかのような雰囲気だ。

もちろん、アイオワが終われば、報道の風向きはガラッと変わるかもしれない。つまづいた候補者にとっては、次のニューハンプシャーで建て直せるかどうかが正念場になる。共和党に至っては、「一時のトップランナー」であったジュリアーニのそもそもの戦略がフロリダからの反転攻勢であり、序盤での戦いぶりが肝心なのは、ロケット・スタートを見込んでいるロムニーだ。

党員集会の結果はさておき、選挙後の方向性という点で見逃せないのはポピュリストの風潮だ。民主党のエドワーズは、前回の選挙戦よりも攻撃的な色彩を強めている。アイオワの世論調査では、ヒラリーやオバマと近い数字を出しており、その動向は軽視できない。また、本来は中道であるはずのヒラリーも、既報のように通商政策などではポピュリスト寄りの発言が目立つ。

もっとも、より注目すべきなのは、共和党のハッカビーだろう。ハッカビーはその宗教色の強さから、保守派の支持を急速に集めてきた。しかし見落としてならないのは、オーソドックスな保守の考え方というよりは、ポピュリズムと形容した方がしっくりくるような、その経済政策である。ハッカビーは、貿易は公正でなければならず、雇用の海外流出に歯止めをかけなければならないと主張する。CEOの高給にも批判的で、「ウォール街からワシントンにかけての権力の枢軸は、完全に自分と敵対している」といって憚らない(Cook, Clive, "America in 2008: Populism Calls the Shots", Financial Times, December 27, 2007)。保守派の論客であるジョージ・ウィルは、ハッカビーの主張は、自由貿易や低税率、企業や市場原理による富の配分といった共和党のコアな信念から完全に逸脱していると指摘する(Will, George F., "The '70s Hit Parade", Washington Post, December 20, 2007)。

最近では移民にも厳しい立場を示す局面があることから、社会保守主義と経済ナショナリズムを併せ持ったそのスタイルをして、ハッカビーを「大言壮語のないブキャナン」などと評する向きもある。ブキャナンとの違いは、何といってもしゃべりのうまさであり、メディアが彼を支えている。状況としても、本来ならば潰しにかかるはずの共和党エスタブリッシュメントが弱体化している上に、経済的にもポピュリズム的な主張が受け入れられやすい環境にあるという(Heilemann, John, "Huckabuchanan", New York, December 17, 2007) 。

リベラル派のコラムニストであるE.J.ディオンヌは、ハッカビー台頭の背景には、共和党支持者の嗜好の変化があると指摘する(Dionne Jr., E.J., "Huckabee the Rebel", Washington Post, December 21, 2007)。そこで引き合いに出されているのが、社会的には保守的だが経済政策では政府の役割を評価する共和党支持者(プロ・ガバメント・コンサーバティブ)が増加しているというピュー・リサーチ・センターの分析だ。なかには、ハッカビーはいわれているほど政府の役割を拡大しようという具体策を示しているわけではなく、むしろ企業のモラルに訴えかけるという手法は、企業不信の問題に保守の立場からアプローチするにはリーズナブルなやり方だという評価もあるが、実はこうした評価をしている本人(Ross Douthat)自体が、「共和党は有権者の経済的な不安感に訴えかけるべきだ」と主張する、Party of Sam's Clubの筆者だったりする(Douthat, Ross, "Huckabee's Heresies", The Atlantic, December 20, 2007)。

もちろんポピュリズムの動きがあるのは共和党だけではない。見逃せないのは、とくに通商政策の分野に関して、民主党・共和党の双方の陣営から、自由貿易への無条件の支持を見直すべきだという意見が台頭しているように見受けられる点である。

民主党系の立場からは、最近のコラムでポール・クルーグマンが、圧倒的に賃金水準が低い国の台頭によって、90年代のように自由貿易が米国民の賃金に与える影響は軽微だとは言い切れなくなったと述べている(Krugman, Paul, "Trouble with Trade", New York Times, December 28, 2007)。保護主義に転向するわけではないが、とくに製造業においては、通商から利益を得られる国民はむしろ少数派だという事実に目を背けてはならないというわけだ。

共和党系の立場からは、ワシントンポストのトニー・ブランクリーが同じような発言をしている(Blankley, Tony, "Hillary, Huckabee and Trade; It's Time for a Free-Trade Debate", Real Clear Politics, December 5, 2007)。ブランクリーは、「先進国は自由貿易の敗者になるかもしれない」というポールサミュエルソンの議論を引き合いに出しながら、共和党も従来の考え方に縛られずに積極的に議論に参加すべきだと主張する。実際に賃金が下がったりはしないのかもしれないが、懸念する価値はある。伝統的な自由貿易主義者はハッカビーをシニシズム、ポピュリズム、デマゴークと批判するかもしれないが、もしかしたら米国民は、グローバリゼーションにかかわりすぎたエリートには見えない、本当の危機を嗅ぎとっているのかもしれない。そうブランクリーは指摘する。

米国はグローバリゼーションとの関わり方を整理しなければならない時期に差し掛かっているように思われる。誰がアイオワの勝者になろうと、ポピュリズムの勃興が投げ掛けた問いは消えないのである。

それにしても今日は寒い。ほぼ真夜中の自宅周辺はマイナス8度。体感温度はマイナス15度くらいだろう。

さて、明日のアイオワはどんな天気になるのだろう。それで大統領の行方が決まってしまうというのも、正直不思議な気はしてしまうのだが...