2007/02/28

What It Takes...オゾン・マン

大統領というのはそんなに魅力的な仕事だろうか。こんな贅沢な自問自答ができるのは、ゴア前副大統領くらいかもしれない。

米国では、アカデミー賞をきっかけに、ゴアの株が上がっている。本人は大統領選挙への出馬を繰り返し否定しているが、待望論は根強い。

2000年の大統領選挙でゴア陣営を率いたDana Brazileは、「(ゴアは)ぎりぎりになってから出馬しても、党や国をまとめられる」と指摘する(Allen, Mike, "Gore's Oscar Fuels Call for Late Run", Politico.com, February 26, 2007)。9~10月まで待っても、十分に勝機があるというのだ。

実際に、アカデミー賞の舞台で、ゴアが出馬を発表するという根も葉も無い噂もあった。ゴアの方は、こうした噂を逆手にとって、レオナルド・ディカプリオと遊んで見せたが、こうした弾けっぷりが、ますます待望論に拍車をかけるのかもしれない。

Politico.comが指摘するように、ゴアが注目を集める機会は、この後にも何度か訪れる。3月21日からは、議会の公聴会で、温暖化問題の証言を行なう。5月には、新著「The Assault on Reason」が出版される予定。さらに7月7日には、環境問題をテーマにしたコンサートを、世界的に主宰する。その度に、待望論が盛り上がるのだろう。

ゴア待望論の一因は、現在の候補者に対する物足りなさにある。Brazileは、ゴアのような高邁さとリーダーとしての資質を併せ持った人物がいないのは、どうにも気分が良くないと述べる(Brazile, Dana, "Gore Shut the Door on '08. What If Someone Opens a Window?", Roll Call, February 27, 2007)。

しかし、あれだけ厳しい戦いを経験した、自称Former Next Presidentが、もう一度選挙に身を投じる気になるだろうか。

大統領選挙は全人格をかけた戦いだといわれる。それだけに、敗北すれば、全人格を否定されたようなダメージを受ける。しかも、無数の国民の審判を仰ぐのは、本人だけではない。家族も同じ運命に晒される。

この辺の過酷さは、ABC Newsが最近行なったロムニー夫人へのインタビューでも明らかだ。この中でロムニー夫人は、自分の病気(多発性硬化症)について延々と聞かれた上で、ロムニーが治療の手掛かりになるかもしれない万能胚研究に消極的な立場に転じたことへの感想を聞かれている。その他にも、モルモン教への改宗の経緯や、メディアに「完ぺき過ぎる」と叩かれていることへの感想など、いささか踏み込む過ぎではないかと思うほどだ。しかも、予備選挙の投票が始まるまでには、まだ1年近くある。

敗北者は、昨日までの「仲間」の冷たい仕打ちにも耐えなければならない。Washington Postは、多くの敗北者が、追放者のように扱われるか(ケリー、デュカキス)、隠退状態に追い込められる(ドール)と指摘する(Booth, William, "Al Gore, Rock Star", Washington Post, February 25, 2007)。

ゴアはどうだろう。厳しい選挙戦、一瞬で消えた勝利の歓喜、フロリダの騒乱、最高裁での敗北。そして独り、環境問題を訴える行脚にでた。それが今や大統領待望論。支持者が"The Goracle"と呼びたくなるのも無理はない。

New Democratic NetworkのSimon Rosenbergは述べる。「ゴアは誰もがやりたがっていることを実現する道を見つけた。自由にやりたいことをやり、政策にも影響を与えている。いくつも会社を立ち上げ、映画も撮り、素晴らしい人生を送っている(Booth, ibid)」

まして、今ゴアが出馬しても、環境問題に焦点をあてるのは難しい。選挙は完全にイラクを中心に回っている。かつてゴアは、黒人の有力者を前に温暖化問題の熱弁を揮い、スタッフを驚愕させたという(Brazile, ibid)。しかし、バクダッドで「氷河が溶け出している」とやるわけにもいかないだろう。

何より、温暖化問題を訴える割には電気代が高いだとか(Tapper, Jake, "Al Gore's 'Inconvenient Truth'? -- A $30,000 Utility Bill", ABC News, February 26, 2007)、ヒラリー陣営が出馬の兆候を探るために彼の体重が減るかどうかに注目しているだとか(Thrush, Glenn, "Sizing Up the Odds for a Run", Newsday,February 27, 2007)、今更そんな世界に戻りたいだろうか。

しかし、James Carvileはこう述べる。

Running for President is like having Sex.

「一度やれば忘れられない。もう一度やりたくなる。ゴアは88年に参戦し、2000年にも立候補した。彼が大統領になりたいのは周知の事実だし、環境が整うかもしれない。出馬するかもしれないよ("James Carville: Al Gore Will Run in 2008", NewsMax.com, February 27, 2007)」

そもそも大統領選挙に出てしまうような人は、常人とは何かが違うのかもしれない。

2007/02/27

読む人の身にもなって欲しい...

せっかくかんべえさんに紹介していただいたのに、いきなり短文で終わってしまう今日の書き込みの話ではない(すいません、今更ながら雛人形を飾らなければならないので...どうぞ気長におつきあい下さい)。大統領選挙の話である。

大統領候補は本を書く。これが米国の常識のようだ。

New York Times紙が伝えるところによれば、現状はこんな具合だ(Bosman, Julie, "Time to Throw Their Books Into the Ring", February 22, 2007)。民主党では、ヒラリー4冊、オバマ&エドワーズ2冊、リチャードソン&クシニッチ1冊、ドッド&バイデン執筆中。共和党は、マッケイン4冊、ジュリアーニ&ロムニー&ブラウンバック&タンクレド1冊、ヘーゲル執筆中。

ため息がでる。

候補者にしてみれば、本の出版はメディアの注目を集める手段であるだけでなく、全国で出版サイン会を開けば、選挙の感触を掴む絶好の機会にもなる。また、自伝で過去を「正直」に告白しておけば、選挙中に叩かれた時に、「その問題は私の本で語っておいた」と逃げることも可能になるという。

もっとも、自伝が敵対陣営に攻撃のネタを提供してしまう場合もある。オバマのように、よく知られていない候補は尚更だ。既にオバマの自伝(Dreams of My Father)を題材に、シカゴ郊外での活動家時代の記述で、仲間の功績を軽んじすぎているという論争があった。Los Angels Times紙の記事を発端(Wallsten, Peter, "Obama Memoir Left Out Credits for Activism, Critics Say", February 19, 2007)にするこの論争では、論争の内容よりも、オバマ陣営の素早い反論が印象深かった。これも、蔓延するWar Roomメンタリティーの現れだろう。

それにしても、昨年末に出たヒラリーの「村中みんなで -10th Anniversary Version-」の売上が6,000部というのは、一体どんなものなんだろう。オバマの最新本(Audacity of Hope)がミリオン・セラーというくらいだから、「失敗(flopped)」と書かれるのもしょうがないのだろうけれど、わが身に引き寄せて考えると...

2007/02/26

マーサ!!:迷走する民主党

何を見て戦っているのだろう。時々そんな思いに捕われる。そう、イラク戦争の話だ。しかし違う。ブッシュ政権の増派についてではない。迷走する民主党議会の対応の話である。

下院民主党は、補正予算の使い方に条件をつけるという試みに当面は踏み込まない見通しになったようだ(Weisman, Johnathan and Lyndsey Layton, "Murtha Stumbles on Iraq Funding Curbs", Washington Post, February 25, 2007)。反戦派の後押しを受けて、ほんの1週間位前には、今にも議会を通りそうだった提案の、余りに勢いの良い失速振りである。

計画はこんな具合だった(Bresnahan, John, "House Democrats' New Strategy: Force Slow End to War ", Politico.com, February 14, 2007)。いくら増派が不人気だといっても、戦費をいきなり削るのには、民主党内にも抵抗がある。敵地にある米兵を危険にさらすという批判を受けかねないからだ。そこで、議会は補正予算を満額認める。但し条件をつける。例えば、イラクに派遣する兵士は、十分な訓練を受けていなければならない。いかにも真っ当な条件だが、実は今の米軍がこうした条件を全て守るのは不可能に近い。それだけ米軍の人繰りは厳しい。議会とすれば、戦費を削ったといわれずに、実質的に増派に歯止めをかけられる。なかなかクレバーな案、のように見える。

問題は話の進め方だ。

こういう機微な戦略は、身内を固めた上で、批判勢力に体制を整える暇を与えないように、電光石火に進めてこそ威力を発揮する。実際に、このプランも最初は秘密裏に準備が進められていた。

ところがどうした訳か、民主党内が固まり切らない内に、企みが明らかになってしまった。しかも首謀者が喋ってしまったのである。最悪の場所とタイミングで。

先ずは場所。党内に根回ししてから、というのが定石だと思うが、一連の戦略を考えたペンシルバニア選出のマーサ下院議員は、いきなりネット上で、秘密裏に進めてきたプランを明らかにしてしまった。それも、反戦派のサイトで。

民主党は反戦派で固まっているわけではない。寝耳に水となった慎重派の議員にしてみれば、面白い訳がない。しかもこうした議員が神経質になっているのは、草の根活動家の「暴走」。標的にされてはたまらないからである。それが、よりによって、活動家とリンクされて計画が発表されてしまった。

タイミングも不味かった。問題のサイトにマーサ議員が登場したのは2月15日。下院が増派反対の決議を採択する直前の時期である。マーサはこの中で、民主党下院指導部が先導した拘束力のない下院決議ではなく、自分のプランが優れていると主張した。本来であれば、民主党がまとまらなければならない時にである。

さらに調子が悪かったのは、翌週議会が1週間休会に入ってしまったこと。不意をつかれた民主党指導部は、意見をまとめられず、マーサも発言しなくなった。その間隙を縫って、共和党は一斉にマーサのプランを批判した。結果的に、民主党からも異論が続出し、マーサ・プランの行方は怪しくなった。

それだけではない。民主党の分裂はさらに大きくなったかもしれない。反戦派は、マーサの計画でも中途半端だと批判する。一方で慎重派は、イラク戦争の進め方を「監視」することに専念すべきだと主張する、といった具合だ。

マーサといえば、昨年末に民主党が下院の多数党になった際に、本命視されていたホイヤー議員を相手取って、民主党のNo.2(院内総務)に立候補して話題になった。ペロシ下院議長と近く、立候補も議長の差し金といわれたが、党内投票では惨敗。後味の悪さだけが残った。

民主党の対イラク政策は、上院が増派反対法案の投票に失敗したと思ったら、今度は下院がこの有り様。次は上院が、武力行使容認決議の見直し(Bresnahan, John, "New Democratic Strategy Calls For March 2008 Pullout", Politico.com, February 23, 2007)に動くという。

そうこうしているうちに、「増派」は着実に実行に移される。結局のところ、議会の動きは「戦場の現実」に追いつけなさそうだ。

2007/02/25

「上げ潮」が来るとあなたはどうなる?

Rising Tide Lifts All The Boatsという言葉は、今風にいえば、上潮政策の元祖といったところだろうか。米国でもかなり言い古されたこの言葉を、使わないようにするべきだと主張する議員がいる。

民主党にバーニー・フランクというマサチューセッツ選出の下院議員がいる。なかなかカラフルな議員だが、一月の講演で面白いことをいっている。政策を語る際に比喩を利用することを、「軽犯罪」にしたらどうかというのだ。比喩はえてして誤解を招くというのがその理由である。

それだけなら「そんなものかな」といったところだが、槍玉に上がったのが、Rising Tide Lifts All The Boatsだというのが、何とも今の米国の気分である。曰く、「上潮は全てのボートを浮上させる」訳ではない。ボートを持っていない人たちは、潮が上がったらどうするのか。なかなか巧みな言い方だ。

もっとも、政治の文脈での比喩の神髄は、喩えが新たな喩えを呼ぶところにある。逆説的だが、フランク議員の発言は、Rising Tide...が、バワフルな比喩である証である。

その証拠にもっと違った「比喩返し」も聞かれる。American Prospect紙のEzra Kleinなどがいう「上潮で浮かびあがるのは、金持ちがもっているヨットだけ」がそれだ("A Rising Tide That Lifts Only Yachts", Los Angels Times, May 5, 2006)。フランク議員と同様に、景気拡大の恩恵に預かっているのは一部の国民に過ぎないという、民主党のブッシュ政権批判を比喩に託した言い回しである。

ところで、この言葉の起源は何処にあるのだろうか。何となくレーガン大統領に結び付けて考えたくなるが、その歴史はもう少し古い。目立つところでは、J.F.ケネディがいる。Phrase Finderによれば、1963年6月の演説でJFKは、「地元のケープ・コッドでいうように、上げ潮はすべてのボートを浮上させるのだ」と述べている。そもそもこの言葉は、JFKが上院議員だった時代に、"The New England Council"という地元の経済団体から送られてきた資料に書かれていた標語が始まりだという。Rising Tide...の源泉は、保守派の心の拠り所から民主党の英雄にまで遡れるという訳だ。

さらにいえば、「浮上するのはヨットだ」という比喩返しも、既に90年代後半に使われている。1987年3月25日のRoll Call紙への投稿でこのフレーズを使ったのは、やはりケープ・コッドをよく知る政治家である。「上げ潮はもっと多くのボートを浮上させなければならない」と題するこの記事を書いたのは、民主党の重鎮にしてマサチューセッツ選出の上院議員。JFKの弟、エドワード・ケネディだ。

ケネディ兄弟は、同じケープ・コッドの海を思い浮かべながら、この比喩を使っていたのだろか。しかし、ケープ・コッドはマサチューセッツ州にある高級別荘地。ボートよりもヨットが多そうだ。

そういえば、同じ北東部の高級別荘地に、メイン州のケネバンクス・ポートがある。ブッシュ親子がよく釣りをしているところである。ここもヨットは多そうだ。ブッシュがRising Tide...を使うのであれば、彼が思い浮かべるのは高級なフィッシング・ボートであって、井の頭公園にあるような手漕ぎボートではないのかもしれない。

ことほど左様に、パワフルな比喩は世代を超え、いろいろな連想を生み出す。

政治にとって、言葉は本当に重要な道具なのである。

2007/02/24

ヒラリーvs.オバマ:それを日本では「漁夫の利」という

誰でも戦いには勝つために参戦する。しかし、必ずしも参加者の中に勝者がいるわけではない。2月21日に勃発したヒラリー・オバマ論争にも、そんな風情がある。

文字で書けば「子供の喧嘩」だ。元クリントン支持者のハリウッドの大物がオバマ陣営に寝返り、資金集めパーティーでクリントン批判を繰り広げた。ヒラリー陣営がオバマ陣営を、非難合戦すべきときではないと「非難」、もらったお金を返すべきだといったら、オバマ陣営がクリントンだってホワイトハウスに泊めてやってお金をもらっていたじゃないかとやり返し...

まあ、この辺りは報道に譲っておこう。たとえば、New York Times紙の記事(Healy, Patrick and Jim Rutenberg, "In Both Parties, 2008 Politeness Falls to Infighting", February 22, 2007)は、共和党の内輪もめ(マッケインとチェイニー)も取り上げていて便利だ。

もちろん、両者が厳しく応酬するのには理由がある。「叩かれたら叩き返す」というWar Room メンタリティーは、ケリーのSwift Boatingを経て、ますます強くなっている。とくに民主党側の候補者には、支持者が「ケリーの二の舞になるような候補者はごめんだ」という雰囲気を漂わせているだけに、素早く対応できる能力を示さなければならないという強迫観念があるのではないだろうか。

しかし、厳しく応酬したからといって、勝者になれるとは限らない。

今回の件については、オバマ陣営が勝者だ(ヒラリー陣営は不必要に「貪欲」なところを見せてしまった)という人もいれば、ヒラリー陣営の勝ちだ(「前向きな選挙に徹する」というオバマ陣営の「偽善」を暴いた)と評価する人もいる(Tapper, Jake, "Round 1 in Fight for White House: Clinton vs. Obama", ABC News, February 22, 2007)。

しかし、なるほどと思うのは、ABC NewsのGeorge Stephanopolousの見方だ。Stephanopolousは、2月22日のGood Morning Americaで、「今回はどちらも勝っていない。両陣営とも早く引きたがっている。むしろエドワーズのように外部にいた候補者は上手くやった」とした上で、こう続けた。「予備選挙がこれだけ早い段階からネガティブになると、有権者がすべての候補者に嫌気がさしてしまい、ゴアのような人が相当後になってから参戦する糸口が生まれる」。

要するに「漁夫の利」だ。

そういえば、2月22日のNew York Times紙にDavid Brooksが、「共和党の予備選挙に勝つための7つのルール」というテーマのコラムを書いている(Brooks, David, "So You Want to Run..." ,February 22, 2007)。その2番目のルールが、「3のルールを忘れるな」である。曰く、3人の有力な候補者がいると、だいたい2人がお互いで破滅的な争いを始め、3人目が勝者になる。間違っても、争いの当事者になることなかれ。

玄人筋が「3番手」に注目し続けているのには、ちゃんとした理由がある。

2007/02/23

「右翼の巨大な陰謀」は蘇るのか

予備選挙のトップランナーであるヒラリーに対して、民主党内には「本選挙では勝てないのではないか」という不安の声があるといわれる。ヒラリーを嫌う人は多く、また、共和党支持者が反ヒラリーで盛り上がってしまうという懸念である。

ところが、肝心の共和党側には逆の懸念があるらしい。「ヒラリーにはとてもかなわない」というのだ。

Politico.com(Sheffield, Carrie and Jim VandeHei, “GOP Views Clinton as Virtually Unbeatable”, February 7, 2007)は、共和党のベテラン政治家や活動家が、『ヒラリー・クリントン大統領の誕生という悪夢』の現実化を感じていると伝える。

理由は2つある。

第一にヒラリーの力。共和党陣営は、ヒラリーが民主党内で圧倒的に優位にあると捉えている。今の共和党候補者では、ヒラリーの組織力・資金力に到底かなわない。そんな脅威もあるようだ。

第二に共和党への逆風の強さである。共和党の戦略家は、「ブッシュの支持率やイラク戦争への支持がここまで低いままでは、(共和党の候補者が)大統領選挙に勝つのはほとんど不可能だ」と述べている。

反ヒラリー勢力が動き出していないわけではない(Braun, Stephen, “GOP Activists Circling Clinton’s Campaign”, Los Angels Times, February 18, 2007)。

ヒラリーを”Swift Boat”しようとする勢力は、既にホームページ(StopHerNow.Com)を立ち上げている。2004年に民主党のケリー候補に多大なダメージを与えたSwift Boat Veterans for Truthを理想とし、早い段階でヒラリーに打撃を与えるのが狙いだという。

また、マイケル・ムーアの『華氏911』のように、反ヒラリーの映画を作ろうという動きもある。プロジェクトにはクリントン夫妻のアドバイザー転じて天敵となったDick Morrisが加わっている。カメラでヒラリーの選挙運動を追いかけるなど、あのMacaca事件を思わせる構想もあるらしい。さらに、製作会社のチェアマンは、悪名高き『Willie Horton(1988年の大統領選挙で、民主党のデュカキス候補に対して流されたテレビ・コマーシャル。同候補が知事を務めたマサチューセッツ州で、終身刑の死刑囚が一時保釈中に脱走、女性に暴行を加えた事件を題材としており、同候補の大きな打撃となった)』の作成に携わっていたという。関係者は、「右翼の巨大な陰謀(思えば懐かしいフレーズだが)は健在だ」と意気軒昂だ。

しかし共和党支持者には、90年代の反クリントン・ムーブメントと比較して、反ヒラリー・ムーブメントの盛り上がりに疑問を呈する向きが少なくない。イラク戦争の現状を前にすれば、ルインスキー事件などのクリントンの『罪』は些細な出来事に見える。草の根の反応は鈍く、90年代に反クリントン・ムーブメントに200万ドルを投じた「巨大な陰謀」の立役者も、今回は反ヒラリーに与していない。StopHerNow.comも、資金集めは必ずしも順調ではないらしい(Kirkpatrick, David D., “As Clinton Runs, Some Ole Foes Stay on Sideline”, New York Times, February 19, 2007)。

長い目で見れば、『ヒラリー大統領』が誕生した方が、共和党にとって得るものが大きいという意見すらきかれる。共和党のトム・ディレイ元院内総務は、「ヒラリー大統領の誕生は、保守運動や共和党にとって最良の出来事になるかもしれない。95年に共和党が議会の多数党を取り返したように、共和党にとってこれまでで最良の出来事はクリントン大統領の誕生だったのだから」と述べている(Sheffield et al, ibid)。

共和党支持者の間では、「ヒラリー大統領やむを得ず」というあきらめが、共和党側の候補者への倦怠感にすらつながっているといわれる。

一方で、民主党内ではヒラリーの脆弱性が、相変わらず熱心に語られている。

何とも対照的な展開である。

2007/02/22

こういう人は敬遠される?

旧聞ではあるが、2月9~16日実施のUSA Today/CNNの世論調査結果を記録のために。質問は、『十分な資質がある候補者が、こういう人だったら、あなたは大統領に投票しますか?』である。

結果はそれなりに興味深い。黒人(オバマ?)や女性(ヒラリー?)、ヒスパニック(リチャードソン?)には、ほとんど拒否感がない。しかし、モルモン教徒(ロムニー?)、結婚3回(ジュリアーニ?)、72歳(マッケイン?)は…。

If Your Party Nominated A Generally Well-Qualified Candidate For WH '08 Who Was ___, Would You Vote For That Person?
                Yes  No
Catholic           95%  4%
Black             94   5
Jewish            92   7
A woman           88  11
Hispanic           87   12
Mormon           72   24
Married for third time   67   30
72 years old         57   42
A homosexual        55   43
An atheist          45   53

もちろん、この部分だけ取り出した聞き方にどこまで意味があるかは疑問だし、こういう質問には優等生的な答が集まりやすいという問題はある。

まあ、こういう世論調査をする方もする方だが、その上でも興味深いのは、属性で分類すると、何故か上の方に民主党の候補者が固まり、共和党の候補者が下の方に集まってしまうこと。両者の間には、くっきりと差がある。

もう一つは、女性に投票しないという割合が、黒人に投票しないという割合の2倍あること。いずれも水準は低いが、何となく目を引かれる数字だ。

いやいや、深読みしすぎてはいけない。

2007/02/21

ブッシュ復活の日?

イラク戦争の泥沼化でブッシュはレイム・ダック化したというのが定説のようになっているが、意外に体制を立て直しつつあるという指摘がある。それもイラクを足がかりに。

Washington Post紙のDavid S. BroderはBush Regains Footing(February 16, 2007)と題する記事で、94年中間選挙での敗北後、クリントン大統領が、翌年冬の政府閉鎖をめぐる議会との対決で生気を取り戻したように、下院がイラク増派反対決議を可決したこのタイミングで、ブッシュ大統領も息を吹き返してきたと指摘する。

とくに同氏は、下院が反対決議を採択してしまった件で、ブッシュは政治的な巧みさを示したと主張する。

3つの視点がある。

すなわち、①上院がペトロース陸軍中将の駐イラク米軍司令官指名を反対なしで承認したこと(1月26日に81対0で承認)をとりあげ、「下院と上院ではスタンスが違う」ことを指摘した(実際にその後上院は反対決議の投票に失敗)、②決議を推進する議員についても、国を思ってこその行動であり、その動機は正しいと評価する一方で、だからこそ決議の結果は米軍の志気に悪影響を与えたりはしないと指摘。暗に決議の意義を低下させた、③真の問題は戦費を認めるかどうかであると指摘して、より民主党が反対しにくい問題に論点をずらした、という点だ。

そのほかにもBroder氏は、メディアとの会合を増やしたり、移民やエネルギー問題などで超党派で取り組む姿勢もみせている点も評価している。

たしかに、下院での増派反対決議が、ブッシュの立場をそれほど悪くした気配はない。Associated Press-Ipsos poll が2月12~15日に行った世論調査では、増派を支持するとの回答(支持35:反対63)が、1月8~10日の調査(26:70)よりも増えている。

しかし、いぜんとして反対が6割を超えているように、ブッシュが国民の支持を取り返したわけではない。

実際に、CQ WeeklyのCraig Crawfordは、同じ下院のイラク反対決議可決を題材にしながら、より皮肉交じりに論評している(Last of the True Believers, February 16, 2007)。

同氏も、どんなに苦境にあっても、ブッシュは自らが望む道を貫徹していると指摘する。そこまではBroder氏と遠くはない。

ただし、Crawford氏はその理由を彼の頑迷さに求める。

「ブッシュはどれだけ多くのアメリカ人の信用を失っても、自分のことを疑ったりしない。反対の見解を示すことの正当さを徹頭徹尾否定するブッシュの姿勢は、時にはすべての人を疲れ果てさせ、ブッシュは結果的にやりたいように振舞えるようになる。今回もそんな出来事のひとつのようだ」。

ちなみにCrawford氏は、こうしたブッシュの「特質」に、あやうい勝利を確かな信任といってのけた、2000年選挙の記憶をも重ね合わせている。

ところで、角度の違うストーリー立てでありながら、Broder・Crawfordの両氏は、ブッシュの同じ発言を最後に引用している。

「本当に重要なのは戦地で何が起こるかだ。自分は(持論の正しさについて)一日中でも話し続けられるが、本当に重要なのは米国民が進展を目にすることだ」

結局は戦地の現実が国民の判断を決める。この点はブッシュも認めているというわけだ。問題は、結果を出すまでに、どれだけの猶予期間が残されているかという点だろう。

2007/02/20

McMissileとイラク

イラク戦争の米国での体感温度を知るのは難しい。でも、少しずつだが着実に、戦争の重みが染み渡ってきているような気がする。

Washington Post紙にこんな記事をみつけた(Vargas, Theresa, "'McMissile' Moment Lands Mom in Jail", Feburary 18, 2007)。

他愛もない話ではある。高速道路で渋滞につかまった女性ドライバーが、前に入ってきた車に腹を立て、路肩にあがり、追い抜きざまにその車の開いた窓めがけて、氷の一杯入ったマクドナルドのカップを投げつけた。怒った被害者に訴えられたら、「ミサイル」を車に投げつけた罪に問われ、1ヶ月以上拘留された上に、2年間の実刑を求刑されてしまった。陪審員に告げられた、「どのような物体もミサイルと考えられる。ミサイルはどのような力でも発射される。投げることも含めてだ」というインストラクションなどは、「訴訟社会アメリカのあきれた現実」みたいにも思える。

しかし、オヤッと思ったのは、問題の女性の旦那が、「3度目になるイラク派兵に参加している」という記述だ。

あくまでもサラッと書かれた記述ではある。しかし、こんなところにも戦争の影がある。

先週ジョージア州にあるSouthern Center for International StudiesのPeter C. White所長のお話を聞く機会があった。話の本題とは別に、とくに印象的だったのは、同氏が発したイラク戦争に対する強烈な憤りだった。話し出したら止まらない。まさにそういう感じだった。

同所長は、徴兵制だったベトナム戦争と異なり、今回の戦争では一部の国民に負担が著しく偏っていると指摘する。しかし、州兵などにも犠牲が広がる中で、地方の一般庶民レベルにも、戦争を身近に感ずる機会が増えていそうだ。

テレビに写る戦場のような派手さはないが、世論にはボディーブローのように効いてきているような気がする。

2007/02/19

イラク戦争:候補者のもう一つの悩み

08年の大統領選挙を目指す候補者にとって、イラク戦争への態度は死活的な重要性をもっている。しかし、上院から大統領を狙う候補者にとっては、もう一つの悩みがある。スケジュール調整だ。

2月17日、米上院はイラク増派に反対する法案(S.574)の採択に失敗した。採択に移るために必要な、審議打ち切りの動議(Cloture Vote)は、60票の賛成が必要。しかし、投票結果は賛成56対反対34。4票足りなかった。

法案の本質はともかく、注目されたのは投票が土曜日に行われたことだ。

Washington Post紙は、「なかなか投票を進めない上院議員に最終兵器が発動された」と書いている。いかにも大げさだと思うかもしれないが、何と土曜日の投票というのは、過去10年間で5回しかない珍事だという。全米各地から選出された議員たちにとって、週末は地元に戻る大切な時間。週末の審議はもってのほかなのだ。

米国の議会は往々にしてデッドラインが見えないと動き始めない。週末や休会入り前には、「投票を終えるまでは審議を続ける」といった方針がでてきがちだ。本当に土曜日までやってしまうのは珍しいわけだが、今回の場合は、意地でも投票に移ろうとするリード上院院内総務(民主党)の意地だったのだろうか。

あおりを受けたのは大統領を狙う上院議員たちだ。間の悪いことに、米国は19日の月曜日がPresident Dayの休日で、議会は今週1週間休会。候補者たちにとっては絶好の遊説期間であり、既に予定がびっしりだったのだ。

といっても、大事なイラク関連法案。各候補者はスケジュール調整に奔走した。Wasington Post紙などによれば、ヒラリーはニュー・ハンプシャーで午後に予定していた会合を午前にリスケジューリングし、直後にワシントンに飛行機で戻り、投票のあとにニュー・ハンプシャーに戻った。オバマは遊説先のサウス・カロライナから投票に戻り、バージニアでの予定をこなして、カリフォルニアへ飛んだという。

例外的に欠席したのは、共和党のマッケイン上院議員。同議員は予定通りアイオワでの遊説に臨んだ。「政治的な得点稼ぎのためだけの投票に過ぎない」「国民や兵士たちへの侮辱だ」等の発言は、彼らしいといえば彼らしい。

今回の選挙には、多くの上院議員が立候補している。議員としてのスケジュールと候補者としての遊説活動はしばしば齟齬を来たす。そんな中で、米国にはこんなサイトもあって、上院議員がどれだけ投票をサボっているかを監視している。

Politico.comによれば、このサイトを運営している団体は、議員の月給($13,767)を各月の総投票回数(1月は39回)で割り、投票の「単価(同$353)」を算出。これに欠席した投票数をかけて、その分の請求書を議員に送りつける予定だという。

議会では、大統領選挙でも重要な争点となるであろうイラク問題が、しばらくは最大の論点であり続ける。とくに春から夏にかけては、戦費もからんだ予算審議が勝負どころを迎える。The Hill紙によれば、審議スケジュールを決めるリード上院院内総務は、「大統領候補者といえども、スケジュールでは特別扱いしない」と明言している。候補者にとっては受難の季節だ。

2007/02/17

Audacity of...

以前も書いたように、Audacity of Hopeはバラク・オバマの近著である。今この瞬間で見る限り、Amazon.comでは第10位に入っている。注目されている証拠だろう。

しかし、しつこいようだが、自分はまだ読めていない。まだDreams of My Fatherの200頁近辺なのだ。まだ半分もきていない。で、Audacity of Hopeは384頁。しかもハードカバーで重い。

と思っていたら、Newsweekがこんな記事を載せて来た。

「私たちは本を読んだ。あなたたちが読まなくて良いように」。プリントアウトしたらたったの3頁。泣かせる。

でも自分はこの記事は読まない。何せAudacity of Hopeだ。希望は大胆なのである。

Dreams of My Fatherは発見の多い本だ。たとえば、オバマが最初に政治運動に足を踏み入れたのはシカゴ郊外。製造業の衰退と共に、周囲から取り残されていこうとする地域だった。残っていた鉄鋼工場(LTV Steel)の撤退も決まり、ようやくそれなりの生活を手に入れていた黒人の親たちは、自分たちのやりとげたことに誇りを感じながらも、築き上げたコミュニティが子供たちに引き継がれない可能性に直面していたという。

と、この辺までしか読めていないのだが、こういった活動をバックグラウンドにもつオバマが、たとえばグローバリゼーションにどういう感触をもっているのだろうか、と考えさせられる。

やはり、読まなければならないのだ。

ヒラリーが悪いわけじゃない

2008年ネタで始まりながら、最初の2本が目下「大本命」のヒラリー・クリントンじゃなかったのは、彼女が悪いわけではない。彼女が嫌いだから避けたわけでもない。勝てそうにないと思っているからでもない。

突発的に書き始めようと思った時が、オバマの出馬とほぼ重なった。そう思っていたら、ロムニーが出馬した。それだけのことだ。

要するに、タイミングである。

タイミングという点では、ヒラリー陣営の滑り出しは美しかった。「勝つために出馬する(I'm in to win)」とインターネット上でやってのけたのが、1月20日の土曜日。ネットでの出馬宣言は新しかったし、メディアの質問を巧みに封じて、最初のイメージコントロールを決めて見せた。そして、週末のテレビニュースを独占する。

翌週は月曜から水曜まで、毎晩夜の7時からホームページ上で画像でのチャットを30分ずつ。自分も最後の2回を見たが、相変わらずのリラックスした雰囲気で、次々と質問に答えるヒラリー。どこまで質問をスクリーニングしているのかわからないし、それなりに厳しい質問はあったが、やはり画面をコントロールしているのに違いはない。

タイミングも良い。2回目(23日)ブッシュ大統領の一般教書演説の当日。演説に「何を期待するか」をさりげなく語ったと思ったら、1時間半後には同じ服装で演説聴講。お、つながっている、と思わせる。そして、3回目(24日)は演説の翌日でその感想。美しい。

オバマは出馬が2月とわかっていたから、しばらくはメディアの注目はヒラリーに集まった。実際の遊説では、必ずしも好評だけではなかったが、支持率はしっかり上がった。いつものPollingReport.com

USA Today/Gallup Poll. Feb. 9-11, 2007. N=495 Democrats and Democratic leaners nationwide.

"Next, I'm going to read a list of people who may be running in the Democratic primary for president in the next election. After I read all the names, please tell me which of those candidates you would be most likely to support for the Democratic nomination for president in the year 2008, or if you would support someone else. . . ." Names rotated

                 2/9-11/07 1/12-14/07 12/11-14/06 11/9-12/06
Hillary Rodham Clinton       40     29     33      31
Barack Obama             21       18       20       19
Al Gore                  14     11     12      9
John Edwards             13      13     8      10

オバマも上がってはいるが、ヒラリーがトップであることに違いはない。

ヒラリーとオバマといえば、イラク戦争をめぐる応酬が熱を帯びている。タイミングという点では、ヒラリーが先を行き、オバマがすぐにちょっとだけ先に出る、というのがここまでの展開だ。

1月17日 ヒラリー、ブッシュの増派(surge)提案に対し、駐留米軍の人員数を増派前の水準にとどめるべく、上限(cap)設定の法案を提案すると発言。
翌18日 オバマ、capだけでなく、段階的撤退を含んだ法案を提案すると発言。

1月28日 ヒラリー、ブッシュは任期中(08年中)に戦争を終える責任があると発言。
翌29日  オバマ、08年3月31日までに撤退を完了すべきと発言。

オバマは戦争開始の時に上院議員ではなかったので、戦争開始決議に投票しないでよかった。イリノイ州上院議員として戦争反対の演説をしていたので、「最初からイラク戦争に反対していた」と強調する。もっとも、連邦上院議員になってからは、ほとんどイラク戦争反対の論陣を張っていなかったのは、周知の事実ではある。

他方のヒラリーは、戦争開始決議に賛成票を投じなた点について、「謝罪」していないと反戦派に攻められている。どうして彼女はこだわるのか。

この点については、Dick Polmanの論評が参考になる。Polmanは、ヒラリーが浮動票を獲得するには、ケリーのように日和見(Flip-Flop)とみられるわけにはいかないと指摘する。さらにこうも書く。

One Democratic strategist, thinking ahead to the ’08 general election, tells me that the Hillary camp wants to allay the (unfair) suspicion, especially among some white male voters, that a woman might be reluctant to use military force in a crisis. Hence the desire, during this campaign, to avoid any incident that would allow rivals to paint her as irresolute. Hillary’s people would prefer that she head into a general election, presumably against a tough-guy opponent such as John McCain or Rudy Giuliani, with the kind of tough-lady image that worked for Margaret Thatcher in Great Britain and Golda Meir in Israel.

つまり、ヒラリーは、女性だからこそぶれないところをみせる必要があるというわけだ。

もっとも、Polmanのブログへのコメントにもあるように、こうした計算を感じさせてしまうことこそが、ヒラリーの弱みになっているような気もする。ワシントン・ポスト紙のRuth Marcusは、ヒラリーのニュー・ハンプシャー遊説を論ずる文章にこう書いている。

On the eve of the primary three years ago, New Hampshire voters fixated on electability: They weren't so much swept away by John F. Kerry as calculating that he had the best shot of winning. Their hearts may have been with Howard Dean and his antiwar stance, but their heads were with Kerry and his pragmatic pitch: "Don't just send them a message. Send them a president."

Today, the mood feels different -- whether it's because that electability strategy didn't work out so well; that Bush will be out no matter what; that Democrats seem favored to win in 2008; that Iraq is more of a disaster; or that the primary is far enough away that voters can vent now and strategize later.

For the moment, Democratic primary voters don't want Kerryesque parsing.

民主党の支持者は、ニュアンスに富んだ物言いには飽き飽きしている。メッセージ云々よりも、「勝てる候補」を選ばなければという、2004年の力学は今は働いていない。

ヒラリーが前回の大統領選挙に出ていたら、どうなっていただろう。

結局のところ、ヒラリーのタイミングは正しかったのだろうか。

2007/02/14

ロムニー、who?

2月13日、ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事が、2008年大統領選挙への出馬を表明した。といっても、正直言って「ロムニーって誰?」という人が多いのが現実だろう。無理もない。米国の世論調査でも、こんな結果だからだ(polling report.com)。

Time Poll conducted by Schulman, Ronca & Bucuvalas (SRBI) Public Affairs. Jan. 22-23, 2007. N=441 registered voters nationwide who are Republicans or lean Republican.

"Now I'm going to read a list of candidates who might be running for the Republican Party presidential nomination in 2008. If the Republican presidential primary or caucus in your state were being held today, listen carefully to the names and then tell me which candidate you would be most likely to vote for. . . ."
%
John McCain 30
Rudy Giuliani 26
Newt Gingrich 14
Mitt Romney 5

そう、ロムニーは共和党の候補者だ。そして、支持率は5%。でも、ロムニーはいわゆる「ビッグ3」の一角とみなされている。マッケイン、ジュリアーニに続く3番手というわけだ。ちなみに、民主党のビッグ3は、ヒラりー、オバマ、エドワーズである。

5%なのになぜ「ビッグ3」なのか。ジョージ・ウィルは、昨年来日したときに、ロムニーのことを「あきれるほどハンサム」と評していたが、まさかそれが理由ではないだろう。

いずれにしても、ロムニーは「玄人筋」の評価が高い。米議会専門誌のNational Journalは、有力議員などのいわゆる「ワシントン・インサイダー」を対象に、Insider Pollというミニ世論調査を行っている。昨年12月に発表された共和党のインサイダーを対象にした調査では、ロムニーを共和党で最強の候補者にあげた回答が25%もあった。マッケインの56%に次ぐ堂々の第二位だ。

また、LA Times紙によれば、共和党下院議員の中では、ロムニー支持を表明している議員のほうがマッケイン支持を表明している議員よりも多いという。あのハスタート前下院議長もロムニー支持だ。Politico.comによると、上院の方は、さすがにマッケインへの支持表明が6人でもっとも多いようだが、それでもロムニーは3人。そもそもマッケインは上院議員だから、同僚から支持が集まりやすいことを考えれば、たいしたものだ。

それはさておき、政策の視点で興味深いのは経済スタッフの豪華さだ。ロムニーのスタッフには、あのグレン・ハバードと、グレッグ・マンキューが加わっている。いずれもブッシュ政権で重要な役回りを果たした有力な学者だ。もっとも、マンキューは不幸だったが...

それが理由かどうかはわからないが、ブッシュ政権をBig Goverment Conservativeと批判してきた陣営には、ロムニーの政府観に疑念があるようだ。CATO研究所のブログは、Another Bush?というタイトルで、ロムニーの発言をひきながらこんな風に記している。

Paragraphs like this reveal a Bush-style policy mish-mash:

We strengthen the American people by giving them more freedom, by letting them keep more of what they earn, by making sure our schools are providing the skills our children will need for tomorrow, and by keeping America at the leading edge of innovation and technology.

Does Romney think that freedom is something that government gives us? Isn’t Romney hinting that he wants the government to spend even more on schools and technology schemes, while also claiming that people ought to keep more of their earnings?

CATOは、ロムニーの発言に、いわゆる「小さいが強い政府」の臭いをかぎとっている。ノーキスト流の単に政府を小さくするという発想~「小さくて弱い政府」~ではなく、国民に自由を与えるために政府が積極的に活動するという考え方である。これは、2000年の選挙当時にブッシュ大統領が盛んに言っていた発想で、後の「オーナーシップ社会」構想の源流にもなった。

ロムニーは州知事時代に州民皆保険制の実現に取り組んだ。「政府の力を上手く使う」という視点があるのだろうか。

そういえば、「強い政府」系の識者が2000年の選挙で最初に目をつけたのは、マッケイン上院議員だったはずだ。ちなみにマッケイン陣営には、前CBO局長のダクラス・ホルツィーキンがついている。現時点では、2008年もイラク一本槍の選挙になりそうな風向きだが、ベビー・ブーマーの高齢化やグローバリゼーションへのバックラッシュ等を考えると、経済政策面での「政府の役割」に関する論争もききたいところだ。

もっとも、「強い政府」論は外交に行くとネオコンになる。こんなところにもイラクの影が感じられるてしまうのが、何ともやるせないところではある。

2007/02/13

ぼくはクリントンを知らない

米国の政策や政治とつきあう商売をしていると、自分がクリントン(ヒラリーじゃないです。ビルです)の全盛期を知らないのが、とてつもないディスアドバンテージに思えることがある。自分が米国と付き合い始めたのは、94年ごろだったろうか。既に「ホープという街から来た男」は大統領になり、ヒラリー・ケアは挫折に向かっていた。ギングリッチ革命には間に合ったような気はするが、初心者には重大さが理解できなかった。ようやく物心ついたのは、モニカ・ルインスキーの頃だろうか。

そしてまた同じ感覚に襲われる出来事があった。バラク・オバマである。

2月12日にバラク・オバマ上院議員は、イリノイ州スプリングフィールドで大統領選挙への出馬を表明した。その最大の売りは、「世代交代」だろう。オバマは主張する。米国の党派対立は行き過ぎている。対立の根源は60年代にさかのぼる。国がまとまるには、しがらみのない新世代が必要だ。

米国では1946~64年生まれをベビー・ブーマーと呼ぶ。61年生まれのオバマはベビー・ブーマーの最後尾に位置する。一方で、第43代大統領であるブッシュや42代のクリントン(ビルです。しつこいですが)は、いずれも1946年生まれ。ベビー・ブーマー世代の先頭だ。もちろん、44thを目指すオバマの標的は42ndでも43rdでもない。しかし、もう一人のクリントン、ヒラリーの生まれも1947年。しっかりベビー・ブーマー先頭世代である。

こうした「世代交代論」が思い起こさせるのが、クリントンだ。クリントンは、ベビー・ブーマー世代の代表として、「変化」を訴えた。今日の米国にも、同じように「変化」を求める胎動があるように思われる。

しかし、「クリントンを知らない」ことが悔やまれるのは、両者に共通する「強み」が理由ではない。オバマの「弱み」の度合いを知る手がかりが欲しいからだ。それは、いわゆる「政策論の欠如」である。オバマを批判する陣営は、経験の浅さをつく。この点では、アーカンソー州知事を経験したクリントンは一枚上手だろう。しかし、経験不足論の発展形である、「政策に具体論が欠ける」という点はどうだろう。

たしかにクリントンには、Putting People Firstというマニフェストの権化みたいな本がある。It's Economy, Stupid!にしても、なんとなく政策通の雰囲気がある。しかし、今のオバマのように、大統領選挙の1年以上前の時点で、どれほどの政策がクリントンにあったのだろうか。また、選挙戦中のクリントンの公約と、当選後の実際の政策に大きな差異があるのも周知の事実だ。中間層向け減税は、増税を含んだ財政再建策に化けている。果たして、クリントンの政策はどれくらいの重さだったのだろう。

オバマをみていると、「トリック・スター」という言葉を思い出す。その本質をどこで見極めれば良いのだろうか。正直言って手がかりに困っているのが現状だ。

ところで、オバマは自分の政策は十分具体的だと主張している。最新の著作であるAudacity of Hopeを読めばわかると。白状すれば、自分もまだこの本を読んでいない。まずは、Dreams of My Fatherを読まなければと思ったからだ。ケニア人のイスラム教徒と、カンサス生まれのキリスト教徒に生まれたオバマの自分探しの自伝である。米国では、「オバマは十分に黒人か?」という議論もあるようだが、Dreams of My Fatherには、いろんなヒントが隠されている。何より、自伝はマニフェストより数倍面白い。政策を分析する立場にある自分がいうのも何だが。

でも、読み終わるまでにはまだ時間がかかりそうだ。なんといっても480頁もあるのだ。

選挙までにはまだ1年以上ある。自伝をゆっくり読んでから、政策論に移っても遅くない。それが美しい姿なのかもしれない。しかし今回の選挙戦はものすごい速さで進んでいる。早くもオバマの政策が問われてしまっているのも、こうした選挙の特徴のせいかもしれない。